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資本金1円会社の損と得

※文章は2003年4月の法律を元に記述されています

すでに新聞報道等で知られていることですが、今年(2003年)2月1日から2008年3月末日までの時限立法ではあるものの、最低資本金規制特例制度により、資本金1円以上の任意の金額で株式会社や有限会社の設立ができることになりました。
今回は、この制度の内容と、実際にこの特例会社を設立した場合のメリット、デメリットについて触れることにします。

(1)最低資本金規制特例制度の趣旨
会社設立にあたっての資本金は、商法や有限会社法により最低資本金が定められており、有限会社は300万円以上、株式会社は1,000万円以上にしなければなりませんでした。設立時には、資本金を銀行の別段預金に預け入れ、銀行の払込保管証明書を取らなければなりません。そのため会社を設立するにあたり、発起人の調達できる資金がその最低資本金に足りない場合には、たとえ親兄弟に頭を下げてでも、有限会社なら300万円、株式会社ならば1,000万円をかき集めなければ、会社の設立ができませんでした。
なぜこのような最低資本金の定めがあるのかというと、株式会社や有限会社は、倒産した場合にも、その株主や社員、役員は、特に個人的に保証人になったり担保を提供していない限り、会社の債務を弁済する義務はありません。倒産による貸倒れリスクは、取引先や金融機関などの債権者が負います。そのため債権者の保護を目的として、会社のスタ−ト時に最低でも株式会社1,000万、有限会社300万の資産がなければ、会社をつくれないようにしたのです。
合名会社や合資会社ならば最低資本金の定めはありませんが、今どき合名会社や合資会社では、いかにも古くて小さな会社のイメ−ジがありますし、発起人などの無限責任社員は会社の債務について私財をもってしても弁済する義務を負うため、使い勝手が悪く設立する人はあまりいませんでした。
今年創設された最低資本金規制特例は、これから会社を設立して起業しようとする者で、最低資本金を用意するだけの資金力のない者にも株式会社や有限会社の設立を認めることにより、中小企業の育成と経済の活性化を図ろうというものです。そのため、H14年秋に成立した「中小企業等が行う新たな事業活動の促進のための中小企業等協同組合法等の一部を改正する法律(いわゆる中小企業挑戦支援法)」により、H10年にすでに成立していた「新事業創出促進法」の一部を改正し、H15年2月からH20年3月末日まで、経済産業大臣の確認を受けた創業者が株式会社や有限会社を設立する場合は、設立から5年間に限り、最低資本金の規定を適用除外としました。これにより、資本金1円以上の任意の金額で、株式会社や有限会社の設立が可能となったのです。
なお、実際に資本金1円で会社を設立しようとする人は少ないようです。やはりふざけていると思われることを恐れてのことでしょうか。しかし、この制度の申請者はかなり多いようです。

(2)特例制度の内容
この最低資本金規制特例制度の適用を受けることができるのは、「創業者」に限られます。創業者は、まず会社の定款をつくり、その定款には、5年以内に最低資本金を満たすまで増資しなければ解散すること、その他一定の事項を記入し、公証人の認証を受けなければなりません。次に、創業者であることの確認申請書に、定款の写し、創業者であることの誓約書、事業を営んでいない個人であることを証明する書類を添付し、管轄の経済産業局に提出します。千葉県や東京都など関東地方で設立するならば、さいたま市上落合にある関東経済産業局が管轄です。そして経済産業局から交付された確認書を添付して、確認日から2か月以内に法務局出張所で会社の設立登記をします。
この「創業者」とは、事業を営んでいない個人で、2か月以内に新たに会社を設立して事業を開始する具体的な計画を有する者をいいます。該当するのは、無職の人のほか、サラリ−マン、専業主婦、学生、青色(白色)専従者、法人の代表権のない役員などです。
現在個人事業を営んでいる人や、法人の代表権のある役員は創業者に該当しません。すでにある法人が子会社を設立する場合も対象外です。しかし、個人事業を廃業したり、法人の代表権のある役員を辞任すれば、創業者になることも可能です。
なお、個人事業を営んでいる者とは、所得税法上の事業所得がある人をいい、不動産賃貸収入や給与収入などがあっても事業所得がなければ創業者になれます。
また、個人事業主でも廃業すれば創業者になれますので、税務署に提出した廃業届け控えのコピ−を添付して、経済産業局に確認申請を提出することができます。法人の代表取締役であった人も、辞任して、その辞任が記された登記簿謄本を添付すれば確認申請を提出できます。
会社の設立登記が終了したら、直ちに経済産業局への届出が必要です。経済産業局に提出した会社商号、本店所在地などの書面は、だれでも自由に閲覧できます。
この最低資本金規制特例により設立した会社は、設立後5年以内に最低資本金を満たすまで増資しなければなりません。もしも増資できなかった時は、解散するか、あるいは合名会社や合資会社に組織変更しなければなりません。なお、特例を受けて設立した株式会社で、1,000万円までの増資はできなかったが、300万円まで増資できた場合には、有限会社に組織変更することもできます。
この特例を受けた会社は、毎年の決算後3か月以内に、経済産業局に貸借対照表、損益計算書、利益処分案を提出しなければなりません。提出された書類のうち貸借対照表は、経済産業局でだれでも自由に閲覧できます。また特例会社は、純資産額が最低資本金額を超えるまでは配当ができません。債権者保護のためにこうした制度が設けられたのです。
なお、5年以内に最低資本金以上まで増資した場合は、法務局出張所で資本金の変更登記をし、さらに経済産業局への届出も必要です。万一最低資本金までの増資ができず、組織変更をした場合も同様に登記と経済産業局への届出が必要ですが、設立から5年経過による解散の場合は、解散登記は必要ですが経済産業局への届出は不要です。

(3)制度のメリットと利用法
上記のように、手持ち資金の少ない人でも株式会社や有限会社が設立できるのが、この最低資本金規制特例制度の最大の特徴です。会社の商号は「株式会社」や「有限会社」となりますので、商号だけではこの特例を利用して設立されたことは分かりません。しかし法務局出張所に行けば、会社の登記簿謄本はだれでも自由に取得でき、閲覧もできますので、調べられたらすぐに分かってしまいます。
また、一般的に個人事業よりも有限会社の方が、有限会社よりも株式会社の方が、取引先に対する信用力に勝りますので、株式会社の名称を使えるメリットはあるでしょう。
さらに、次のようなメリットもあります。消費税法においては、新規に設立した会社で資本金1千万円未満の会社は、設立後第2期までは、売上高の大小にかかわらず消費税の免税業者になれます。しかし資本金1千万円以上の会社は、第1期からいきなり消費税の課税業者となり納税義務があります。つまり、通常、株式会社ならば第1期から消費税の納税義務者になってしまいます。しかしこの特例を受けて設立された株式会社は、株式会社を名乗ることはできるものの資本金1千万円未満のため、第2期までは売上高にかかわらず消費税の免税業者となれるというメリットを享受できるのです。
なお、この特例会社の設立に際し、個人事業主は「創業者」の用件に該当しないのでこの制度を利用できません。個人事業を廃業すればよいのですが、廃業後会社設立まで時間が空いてしまうため、その間商売ができないという不都合が生じます。しかし、抜け道はあります。妻や子供、友人などを「創業者」として申請すればよいのです。発起人が複数いる場合、そのうちの一人が「創業者」であればよいので、妻を創業者として特例会社を設立し、夫も妻と共に代表取締役として名を連ね、実質的経営権は夫が握るという裏技もあります。

(4)制度のデメリットと注意点
この制度の最大のデメリットは、この最低資本金規制特例を受けて設立した会社であることで、経営者に最低資本金すら調達する資力がないことが明らかになってしまうことです。通常の取引先であれば、新規取引で多額の掛売りをする場合を除き、相手先会社の信用照会まですることはそう多くはないでしょう。したがって、取引先には特例会社であることを知られずに済むかもしれません。しかし、銀行等の金融機関から融資を受ける場合は、当然登記簿謄本も提出しますので、特例会社であることが判明し、経営者の資力に不安を感じることでしょう。経営者に十分な担保を提供するだけの個人資産があったり、経営者に特別な実績、技術、技能、資格等があり、会社に相当の将来性があれば別ですが、そうでなければ、銀行等の評価はかなり辛いものになることを覚悟する必要があります。地方自治体等の公的融資ならば、特例会社であることによる表立っての差別はしにくいでしょうが、民間金融機関の融資に頼ることは、会社や経営者によほどの長所がない限り、あまり期待できないと覚悟すべきでしょう。事業を新規に始めるにあたり、有限会社の最低資本金である300万円すら用意できずに開業することは、無謀に近いからです。
また、この特例を受けた会社は、毎年決算書を経済産業局に提出するという手間が生じます。さらに5年以内に最低資本金を充足する増資ができた場合には、定款も直し、法務局出張所で登記も変更し、経済産業局に届け出るという手間と費用がかかります。また、万一最低資本金を充足できず、組織変更もしくは解散をする場合も、同様に費用がかかります。はじめから最低資本金を満たした通常の会社を設立していれば、こんな手間と費用はいらないのです。
こうしたリスクを考えれば、よほどの事情がない限り、やはりこの特例会社は避けて、最低資本金をクリアした通常の会社を設立すべきでしょう。ただ、経営者が高齢等の理由で、はじめから5年以内で廃業するつもりならば別でしょうが。

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