年末調整あれこれ
※文章は1999年11月の法律を元に記述されています
(1)今年はここが変わった
会社の経理部門にとって、従業員の年末調整を行う時期になりました。サラリ−マンにとっては、毎月の給与から天引きされている税金がわずかでも戻ってくるので、細君にないしょのヘソクリとして、ささやかな楽しみにしている人もいるようです。でも、ケ−スによっては、戻るのではなく、逆に徴収されることもたまにあります。こうなった場合、会社を逆恨みして経理にくってかかるご仁もいるそうです。税金を先に取られるか、後から取られるかの違いだけなのですが、朝三暮四のサルに等しい、すばらしい頭脳の持ち主です。
さて、年末調整にあたり、今年の法改正点として、次の3点にご留意を。
1. 所得税の最高税率が、H10年までの50%から37%に引き下げられました。具体的には、課税所得金額が1,800万円超の部分の税率が37%で頭打ちになります。また、住民税の最高税率も、15%から13%に引き下げられました。したがって、所得税と住民税を合わせた最高税率は、所得3,000万円超の高額所得者の場合、それまでの65%から50%に下がることになります。富者にはこたえられない厚遇になりますが、貧者には無縁の減税。減税に手を付けるならば、まずは最低生活費にも満たないわずか38万円の基礎控除や、扶養控除を引き上げる方が筋にかなっていると思えるのですが。
2. 扶養控除が一部改正されました。具体的には、年齢16歳以上23歳未満の特定扶養親族はH10年の58万円から63万円に、年齢16歳未満の扶養親族はH10年の38万円から48万円に、それぞれ増額されます。子供1人を48万円ないし63万円で養っていく技術を、おカミにご教授願いたいものです。
3. 年税額の20%の定率減税があります。但し、減税額は25万円が最高限度になります。
(2)うっかりして損しないように
年末調整にあたり、会社は従業員に、扶養控除等申告書と保険料控除等申告書を書いて提出させます。この段階において、従業員がうっかりしやすい点をいくつか。
@ 夫婦双方に所得がある場合、子供は必ずしも夫の扶養親族に入れなければならない理由はありません。所得税は、所得が増えるに従って税率が上がる累進税率のため、もしも夫よりも妻の課税所得が多い場合には、子供は妻の扶養親族にして、妻の方で扶養控除を受けた方が得策。但し、夫の勤務先の会社が家族手当を支給している場合、その支給要件として子供が税法上の扶養親族に該当すること、としている会社もありますから、そちらの方も加味して、夫婦どちらの扶養に入れるか有利選択をする必要があります。えっ?
亭主のプライドはどうなるのかって? 見栄とお金のどちらを取るかの有利選択も必要です。
A 従業員が寡婦(寡夫)に該当する場合、あるいは従業員や扶養親族が障害者に該当する場合、扶養控除等申告書にその旨の記入がないと、寡婦(寡夫)控除や障害者控除を落としてしまいます。老年者控除も同様です。(65歳以上であっても、所得1千万超の人は老年者控除の対象外。所得は給与だけとは限りませんよ。)従業員は、うちの会社は私のことを知っているはずだ、と思っていても、実際の年末調整の事務は、会計事務所や商工会議所など社外に委託していることが多い。記入漏れがないようご注意を。障害者控除の場合、特別障害者か一般障害者かの区別もお忘れなく。障害者手帳1級か2級の人、または手帳がなくてもそれと同程度の人は特別障害者です。
B 住宅取得控除は、初年度は税務署に確定申告書を提出しなければなりませんが、2年目以降は会社の年末調整で受けます。この時に、税務署から送られてきた証明書と、借入をした金融機関の証明書が必要です。この手続をうっかりする人がまれにいます。もったいない、ご用心あれ。
C 扶養控除は、必ずしも同居していなくても受けられます。生計が一であればよく、たとえば田舎に別居している老親がおり、その親の所得が38万円以下で、かつ、その親に子が仕送りをしていれば、別居している子の扶養親族に入れて、子が扶養控除を受けることができるのです。仕送りの額に最低基準はありません。仕送りしているという証拠を提出する必要もありません。ただ、子の扶養控除等申告書に扶養親族として記載をするだけです。これを知らない人が多いのです。なお、親の所得が国民年金だけの時は、公的年金等控除があるため必ず所得38万円以下になります。また、遺族年金は非課税所得のため、所得ゼロとして計算します。
(3)パ−ト残酷物語
サラリ−マンの妻がパ−トで働いている場合、妻の年間パ−ト収入に応じて、妻と夫の税金が次のように変わります。
T.妻のパ−ト収入70万円未満
妻に所得税・住民税がかからず、夫は配偶者控除・配偶者特別控除を満額受けることができる。
U.妻のパ−ト収入70万円以上100万円以下
上記Tと比べ、夫の配偶者特別控除が一部減額されることが異なる。
V.妻のパ−ト収入100万円超103万円以下
上記Uと比べ、妻に住民税がかかることが異なる。また、103万円ちょうどの場合、夫の配偶者特別控除はゼロとなる。
W.妻のパ−ト収入103万円超105万円未満
妻は所得税・住民税がかかり、夫は配偶者控除を受けることができなくなる。しかし、夫の配偶者特別控除は満額受けることができる。また、夫の勤務先によっては、妻の家族手当の支給を打ち切ることが多い。(家族手当の支給要件について、妻が控除対象配偶者であること、つまり妻のパ−ト収入103万円以下、としている例が多いため。)
X.妻のパ−ト収入105万円以上141万円未満
上記Wと比べ、夫の配偶者特別控除が一部減額されることが異なる。また、130万円以上の場合、妻は夫の健康保険に入ることができなくなり、妻は自費で国民健保・国民年金に入るか、又は妻の勤務先の健保・厚生年金に入ることになる。
Y.妻のパ−ト収入141万円以上
上記Xと比べ、夫は配偶者特別控除も受けられなくなり、税金面で一切優遇がなくなる。
上記から見て、夫婦全体で考えた場合、妻のパ−ト年収が103万円を少々超えたり、130万円以上になったりすると、かなり不利になる訳です。最も、妻が160万円とか170万円以上稼げるのであれば、配偶者控除や健保のことなど考えず、妻は働けるだけ働いた方が夫婦全体の収入は多くなるでしょう。
そんな訳で、年収が「103万円の壁」に近づくと、パ−ト勤めを休んでしまう主婦もでます。会社としては、年末の忙しい時期に休まれてはたまりません。そこで知恵を働かせる会社もでてきます。つまり、主婦のパ−ト収入に対しては、源泉所得税は正しく徴収し、年末調整も行うが、パ−ト主婦の「給与支払報告書」を市役所に送らない、という手法です。こうなると、パ−ト主婦の年収は外部にはわかりません。源泉所得税は正しく納付されているのですから、仮に税務調査があっても会社がペナルティを受ける危険がありません。パ−ト主婦の方は、夫の会社の年末調整では妻の収入なしと記載し、夫の配偶者控除・配偶者特別控除を満額受けてしまうことが可能です。これならば、妻は税金を気にせずに、思い切り働くことができるわけです。
しかし、この方法にもリスクはあります。妻の勤務先会社に税務署の税務調査が入り、架空人件費を調べるために、パ−ト社員の住所地の市町村に給与の照会を出すことがあるからです。これをやられると、いくら給与支払報告書を送っていなくても主婦のパ−ト収入はバレてしまい、夫は所得税と住民税を、妻は住民税を追加徴収されてしまいます。したがってこの手法を使う場合も、そのリスクをパ−ト社員に説明し、正直者でリスクの嫌いなパ−ト社員には、自分で市役所に行き、住民税の申告をするように話す必要があります。それを怠ると、バレた時にパ−ト社員とトラブルにもりかねません。
もっとも、税務調査は何年かに一回の確率でしか来ませんし、来ても市役所に照会を出すかどうか分かりません。それに、消費税の免税業者(年間売上3千万円以下)であるような零細企業であれば、よほど不自然な申告書を出さない限り、まずは調査に来ません。それゆえに、この手法は広く(?)用いられているようです。
しかし、こんな姑息な手段を使う会社がないように、配偶者控除を受けられる配偶者の所得限度を、少なくともパ−ト年収150万円程度にまで拡大してもらいたいものです。現行法では、主婦に働くなと言っているようなものです。
(4)年調雑感
年末調整は社内でやろうとせず、会計事務所や商工会議所など、外部に委託した方が安全です。わずかばかりの費用を惜しまないこと。もしもミスがあった場合、市役所や税務署は、税金を少なく間違えている場合に限り親切に教えてくれますが、逆に税金を多く間違えていても、見て見ぬ振りをします。たとえ老年者控除や特定扶養を失念していても、役所の方から教えてはくれません。社内でベテランとされる社員やニセ税理士行為をしている人にまかせると、ミスが非常に多い。餅は餅屋に、が無難です。
それにしても、年末調整とはおかしな制度です。本来、自分の税金は自分で申告するのが申告納税制度の基本です。自分で申告してこそ、税金に関心を持つこともでき、その使われ方に目を向けることができるのです。年末調整で税金が完結してしまうサラリ−マンは、自分が一年間に納付している所得税と住民税の額すら知らない人が大半です。
現行の年末調整制度は、会社に徴税行為を無償で代行させることにより、税務署は楽をできるが会社の事務負担を増加させ、一方、従業員には税に関心を持たなくさせるという、大きな問題をはらんだ悪法でしょう。
もしかしたら、サラリ−マンが税の使われ方に目を向けては困る、と考えるお方がいるのでしょうか、霞ヶ関には。 |