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ストックオプション裁判の判決

※文章は2002年12月の法律を元に記述されています

2002年11月26日、東京地方裁判所において言い渡されたひとつの判決が、新聞やテレビで大きく報道されました。全国で何件も裁判で係争中となっている、ストップオプションの課税関係に対するわが国での最初の判決です。それは、納税者の勝訴率は5%しかないといわれる税金裁判における、納税者全面勝利の判決でした。
今回は、この判決のあらましについて触れることにします。

(1)ストックオプションとは
ストックオプションとは、発祥をたどると欧米の企業が、従業員や役員の士気を高め、頑張って働いてもらい、会社の業績を上げようとして考え出した制度です。その制度のあらましは、次のようなものです。
現在仮に、その会社の株価が証券市場で一株400円であったとします。そして会社は、その従業員や役員の全部または一部の人に、あらかじめ決められた価格で、決められた一定期間内に、決められた数量の株式を購入する権利を与えるのです。たとえば、向こう5年以内であれば、一株420円で、一人あたり1万株の当社の株式を購入する権利を与える、といった具合です。従業員には、買う権利を与えるだけで、株式そのものを与えるわけではありません。また、あくまで権利ですから、実際に株を買うか否かは、その従業員が自由に選択できます。これをストックオプションといいます。
ストックオプションを取得した従業員は、あらかじめ決められた期間内(たとえば5年以内)に、会社の株が値上がりすれば儲かります。仮に5年以内に、会社の株が700円に値上がりしたとしても、あらかじめ決められた420円で1万株を買うことができるからです。この場合なら、420円で1万株を買い、証券市場において700円で売却すれば、280万円儲かることになります。(売却手数料と譲渡益の税金は別にかかります。)また逆に、株価が300円に値下がりした場合は、時価300円の株を420円で買う馬鹿はいませんから、買う権利を行使しなければいいだけで、従業員にとって損をするわけではありません。株を買う権利を取得するにすぎず、権利を行使しなくてもよいという点では、ワラント債と同じシステムです。
会社側から見れば、従業員は会社の業績を伸ばして株価を上げようと、一生懸命働くだろうと期待するわけで、過去の例では、実際に従業員のモチベ−ションを高めるのに役立ちました。
わが国において、ストックオプション制度を最初に導入したのは外資系企業でしたが、日本の会社でもまねをするところがでてきました。
日本の国税当局は、日本で導入された最初の頃は、ストックオプションによる権利行使利益は一時所得だと言っていた時期もありました。H10年頃までは、税務署自体が一時所得であると納税者に説明し指導していました。しかし国税当局は、この制度の普及とともに方針を変え、H11年頃から給与所得として課税することとして現場である税務署に指示を出し、以後給与所得として課税してきたのです。
また、H10年の税法改正では、いわゆる「税制適格ストックオプション」の制度が設けられ、一定の要件に該当するストックオプションは、ストックオプションの権利付与時と、株式を実際に取得した権利行使時には、まだ未実現利益にすぎないため課税されず、その株式を売却した時に、売却価格と払込金額との差額に対し、株式の譲渡所得として申告分離により課税される制度が新設されました。一定の要件とは、上場会社ならば持株割合が10分の1を超える大口株主等でないこと、権利行使が当初2年間は不能であること、権利行使による譲受価額が年間1千万円以内と契約書に明記されていること、ストックオプションを付与した会社は、付与を受けた者の氏名、内容、その他一定の事項を税務署に提出すること、権利行使して株式を取得した者は、会社を通じあらかじめ定められた証券会社等に管理委託をし、証券会社等は委託の内容等を毎年税務署に報告すること、付与を受けた者は、権利行使時に一定の事項を記載した誓約書を会社に提出すること、などです。つまり、権利行使価格が年間1千万円以内のストックオプションは、税法上優遇されることになったのです。
さらにH14年6月には、国税当局が傘下の税務署等に出す指示文書である通達(所得税法基本通達の23−35共−6)においても、退職間近など一定の場合を除き、株式の権利行使価格と権利行使日の時価との差額は、原則として給与所得として課税すると明文化したのです。前記の例ならば、権利行使日の時価700円と、権利行使価格420円の差額280円の1万株分280万円は、給与だというわけです。なお、その株の実際の売却価格が730円と仮定すれば、権利行使日の時価700円との差額30万円は、株式の譲渡所得になります。
一時所得であれば、利益からまず50万円の特別控除を差し引き、その残額をさらに半分にしたものを、総合課税として他の所得と合算して税額を算出すればよいのですが、給与所得ならば給与所得控除があるにすぎず、50万円の特別控除も2分の1課税もなく、税金は大幅に重くなります。
これに対し、税務当局の以前の見解や、ストックオプションの実態から判断して、一時所得であるとして申告する人も少なくはなく、給与であるとして課税し、更正処分を打った税務当局との間に、何件もの訴訟が提起され争われることとなりました。

(2)東京地裁の判決
11月26日の東京地裁の判決は、現行法の下においては、ストックオプションの権利行使時の権利行使価格と株式の時価との差額は、就労の対価である給与とはいえず、給与所得ではなく一時所得であると判示し、納税者の全面勝訴となりました。各地で争われている同種の裁判への影響もあるかも知れません。なお、国税当局は、この判決を不服として12月10日に高裁に控訴しました。
行政当局を相手にした訴訟は、地裁段階では世間の常識に合致した判決が出ても、高裁、そして最高裁と、上級審に行くにしたがって行政側寄りの判決が増える日本の司法の実態からみて、納税者が最終的に勝訴できるかどうかは予断を許しません。
今回の東京地裁の判決要旨は、次のようなものです。
まず第一に、ストックオプションという権利の付与を給与として課税することは、理論上は可能であるが、その際に給与として課税する金額は、ストックオプションという権利を取得したときの価格(オプション価格)になり、市場性のないオプション価格の算定は困難であるし、また現行法において、オプション行使時の株式の時価をもとに課税することを認める規定はないと判示しました。
前記の例でいうならば、株価が400円の時に、420円で1万株を買う権利を取得したわけですが、その権利取得時に直ちに時価400円の株を420円で買えば、逆に損をしてしまいます。従業員は、あくまで、将来株が値上がりした場合にのみ、利益を得ることができるにすぎません。この420円で株を買う権利を第三者に転売できるならば、その転売時価を給与として取り扱うことは可能ですが、転売できないため評価不能である、という論理です。ワラント債のように証券市場で価格が付いているわけではないのですから、売りたくても売れませんし、時価も不明です。将来において株が値上がりし、株の時価が700円の時に権利を行使したからといって、時価700円と権利行使価格420円との差額を給与とすることは、たとえば、従業員に宝くじ3千円分を与え、その宝くじが後の抽選で1億円に当たった場合において、宝くじをもらった時に3千円を給与とするのではなく、当選した時に1億円を給与として課税するに等しい、という判決です。
第二に、給与として与えられたオプションから、その後得られた権利行使利益までも給与であるとするならば、会社からもらった給与の運用益さえも給与として課税することが可能になってしまいます。たとえば会社から現物給与として穀物をもらった場合、穀物を支給された時の時価を給与とするのではなく、その後の穀物相場の値上がりにより得られた転売利益も給与として課税しようとするもので、相当とはいい難いと判示しました。
第三に、オプションという権利をいつ行使するかは、会社勤務とは無関係の投資判断により決定されるもので、オプション行使による利益は、労働契約に基づく就労の対価とみることはできず、給与所得としての課税は不可能であると判示しました。
そして結論として、ストックオプションの権利行使利益は、就労の対価ではなく、投資判断による偶発的所得であり、一時所得であるとの判断を下し、税務署が給与所得として課税した更正処分を取り消しました。
この論理は明快で説得力があり、法曹関係者の大多数の支持を受け、一方国税当局は大恥をかきました。
今回の事件の根源は、税務当局の課税の現場において、国会を通過した法律とそれに基づく政令に依拠するのではなく、国税当局が下部組織に向けて出している文書にすぎない通達が、あたかも法令と同様に取り扱われ絶対化されている税務行政の実態が生んだ問題といえましょう。欧米諸国では、法律に書いていない課税は認められないことは常識となっているのですから。それどころか、今回のストックオプションの事件は、通達としての公表すらされないうちに(給与所得とする通達は2002年6月発表)、H11年頃を境に当局の内部指導により一時所得から給与所得へと解釈が変わるというひどいもので、国税当局の高慢な「おらが法律」意識に対して下された頂門の一針といえましょう。

でも本音を洩らすと、ストックオプションをもらえるようないい会社に勤めてみたいなぁ、という、中小企業に勤めるサラリ−マンのため息も聞こえてきそうな気がします。この空前の大不況下、税金を注ぎ込まれて生きている銀行や農協をしり目に、中小企業はバタバタと倒れ、新規高卒者の3分の2が職も見つからず、中高年社員はリストラで次々と職場を追われていく今日、サラリ−マンは職があるだけでも感謝すべきなのでしょうか。

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