同一生計親族への支払
※文章は1999年12月の法律を元に記述されています
(1)同一生計親族って何?
どういつせいけいしんぞく…… こんな言葉を聞いただけで、「税金は難しい」と身震いをし、尻込みしてしまう個人事業者は、決して少なくはないでしょう。「一読して難解、二読して誤解」とは、税法の条文に対する皮肉として、以前より学者の間でささやかれている言葉です。しかし、「同一生計親族」とは、ごく単純な意味の税法用語。平たく言えば、「財布を一緒にして生活している身内」のことです。
ここで気をつけていただきたい点は、同一生計親族とは、必ずしも同居しているか否かだけで判断するのではない、ということです。たとえば、成人して都会で働いている子が、収入の少ない田舎の親に定期的に仕送りをしてその生活を補助していれば、子と親は同一生計になります。また、親子が同一の家屋に住んでいたとしても、いわゆる二世帯住宅で、一階には親である老夫婦が、二階には息子夫婦と孫が暮らし、食事や家計費を親子で完全に分けて生活しているならば、老夫婦と息子夫婦は同一生計にはなりません。
この「同一生計親族」への支払をめぐって、税務署からたたかれ税金を追徴された、もしくは紛争になった個人事業者は、きわめて多数にのぼります。今回述べるのは、個人事業者における同一生計親族への支払について注意を喚起する点をいくつか。無駄な税金を取られないために……。
(2)同一生計親族への給与
奥さんをはじめ家族皆が総出で朝から晩まで働き、ご主人の商売を手伝う……こんな姿が大半の個人事業者の実態でしょう。しかし、家族がいくら長時間働いても、白色申告の場合、同一生計親族に支払った給与は事業の経費になりません。そのかわり、年間6箇月以上働いている親族がいれば、専従者控除として、配偶者は最高年86万円、その他の親族は最高年50万円を必要経費に入れることができるだけです。さらにその専従者控除は、金額規定だけでなく、個人事業者本人の事業所得を超えないという上限もあります。それだけではありません。専従者となった親族については、配偶者控除と配偶者特別控除、扶養控除を受けることができなくなります。専従者とならなかった場合、配偶者控除と配偶者特別控除で76万円の控除を受けられたはずですし、扶養控除は最低でも38万円受けられたはずで、専従者控除との差額は微々たるもの。つまり白色申告の場合、家族の労働は、配偶者が年10万円、その他の親族が年12万円として評価されているわけ。まさにタダ働き同然です。
一方、税務署に「青色申告承認申請書」と「青色専従者給与に関する届出書」を提出し、青色申告を選択していれば、青色専従者給与として、その給与届出書に記載した金額以下の額で、かつ、勤務実態からみて適正額、つまり世間のサラリ−マン並の給与と賞与を、家族に支払い事業の経費に入れることができます。(ただし、青色専従者に退職金は払えません。)また、青色専従者給与は、事業が赤字の場合でも支払うことができます。青色申告の場合、赤字は3年間繰り越して翌年以降の黒字と相殺できますので、3年以内に黒字になれば、出した給与は無駄にはなりません。
青色申告選択の届出期限は、適用を受けようとする年の3月15日まで(年の中途で開業した場合は開業日より2箇月以内)ですので、残念ながら今から出しても適用されるのは原則としてH13年3月提出のH12年分所得税申告からとなり、H12年3月提出のH11年分申告には間に合いません。ただし、H12年3月15日までに届出書を出せば、H12年分から青色専従者給与を支払うことができます。なお、給与からは源泉所得税の天引きと納付が必要ですので、「給与支払事務所開設届」と「源泉税納期特例届出書」もお忘れなく。給与の源泉所得税は、年2回、1月から6月分給与の源泉税を7月10日に、7月から12月分給与の源泉税は年末調整をしてから翌年1月20日に納付します。なお、納期特例届出書を出したその月の給与の源泉税に限り、翌月10日納付となるのでご注意を。
青色専従者給与を支払った親族についても、配偶者控除や配偶者特別控除、扶養控除を受けることができなくなります。したがって、給与の額が、それら適用を受けられなくなる控除の金額を下回った場合、かえって損をしてしまいます。半端な少額の給与を支払うならば、むしろ支払わない方が得です。
青色専従者給与の額はいくらまでならば認められるのか、その額は税務当局も明らかにしていません。ただ、届出書に記載された金額の範囲内で、かつ、労務の対価として相当な適正額というだけです。つまり、仕事の内容と実態、知識や技能、経験、勤続年数、年齢、他の従業員の給与、事業の種類と規模や収益等を加味して考慮し、世間一般のサラリ−マンの給与と比較して著しく高額でなければいいわけです。実務上では、妻や子が難関といわれる国家資格を持っている場合、かなり高額の給与を払っても税務署は否認できません。30人近い従業員を擁する開業医で年間診療報酬6億円の夫が、同じ医師資格を持つ妻に年間2,700万円の青色専従者給与を支払っても、税務署は否認できませんでした。(調査の時に、妻の給与が高すぎるといやみは言われましたが、それならばもっと安い給料で妻と同一の能力を持つ医師を雇いたいので税務署で紹介してくれ、と反論したところ、税務署はグ−の音も出ませんでした。ああ、それにしても税理士などにならず、医者になればよかった……。)しかし、何の資格も技術もない普通の妻の場合、青色専従者給与が年間800万円を超えると文句を言われることが多く、税務署を納得させ、仮に国税不服審判所で争っても勝てるだけの根拠を用意することが必要となりましょう。なお、事業に従事していない親族を、名義上だけ青色専従者にして給与を支払った場合、税務調査で露見すれば当然否認されてしまいます。ご注意ください。
親族であっても、生計が別である人に支払った給与は、青色専従者給与ではなく、一般の従業員給与としての取り扱いになります。したがって給与の金額を事前に税務署に届出る必要はありません。独立して別世帯を構えている子供に支払った給与は、青色専従者給与ではありません。前述したように、仮に親と子が同一の家屋に住んでいても、二世帯住宅で別生計であれば、子は一般の従業員扱いになります。しかし、税務調査に備え、生計が別であることを立証できる証拠を用意しておくことをお勧めします。たとえば、親子それぞれが別々に家計簿を付けておくとか。
(3)同一生計親族の資産を借りた場合
同一生計親族に支払った事業上の対価は、事業所得の計算において、必要経費に算入できません。つまり、個人事業を営む子が、同一生計である親の資産を有料で借りたり、親の資産を買い取ったりした場合でも、子が親に支払った対価の額は、子の事業の必要経費にはなりません。子が同一生計である親の所有する土地や建物、車などを借り賃借料を払っても、あるいは備品や商品などを買い取っても、その賃借料や購入代金は経費として認められないわけです。
そのかわり、子から賃貸料や代金を受け取った同一生計の親の側は、親の所得税の計算において、その賃貸料収入や売却収入はないものとみなされ、確定申告も不要となります。つまり、同一生計親族の間の金銭のやりとりは、生活費か小遣いの収受、あるいは贈与にすぎず、事業の対価とは認められないわけです。
ただし、その貸借や売買にかかる資産の必要経費部分は、個人事業を営む子の申告において、必要経費に算入できます。子が親の車を借りて事業をすれば、その車の自動車税や自動車保険、車検費用や修繕費、減価償却費や車の購入に伴う借入金の利子は、名義が親のものであっても、子の事業の必要経費になります。親が所有する商品を子が買い取れば、親の仕入原価は子の事業の経費です。親の側は収入も経費も生じないものとみなされます。
この規定は、有償ではなく無償の場合も同じです。子が同一生計の親の所有する建物をタダで借りて事業をした場合、その建物の固定資産税や火災保険、減価償却費や取得に伴う銀行借入金の利子は、その名義が親であっても、子の事業の必要経費になります。
一つだけ注意することは、個人事業を営む子が、以前から減価償却について定率法の届出をしていたが、子に貸した建物(H10年3月31日以前に取得)を所有する親が、税務署に減価償却の定率法選択の届出書を提出していなかった場合、その建物の減価償却方法は定額法になってしまうことです。定率法を選択するならば、資産所有者である親が所定の期日までに定率法選択の届出をしなければなりません。
なお、減価償却についてちょっと触れます。H10年4月1日以降に取得した建物は、定率法は選択できず、定額法しか認められません。ただし、建物以外の資産である建物付属設備、構築物、機械、車、備品などは、取得時期に関係なく、所定の期日までに届出書を提出すれば定率法を選択できます。減価償却費の計算方法は、定額法と定率法などがあり、定率法は早期に多額の償却ができる長所がありますが、定額法から定率法へ変更するためには、変更する年の3月15日までに税務署に届出書を提出する必要があります。H12年3月15日までに届出書を提出すれば、H13年3月提出のH12年分所得税申告から、定率法に変更できます。なお、過去に届出書を出したことがない事業者が、新たに、従前所有したことがない種類の資産を取得した場合の減価償却方法の届出は、確定申告期限までで間に合います。つまりH12年3月15日までに届け出れば、H11年分申告での定率法選択が間に合うわけです。蛇足ですがご存知ない方もおられるかと思い、テ−マから少し脱線しました。
(4)青色申告否認の恐怖
めったにあることではないと思いますが、税務署が税務調査に来て、悪質な脱税が露見したり、あるいは帳簿や領収書等の保管が不備であったために、青色申告が取り消された場合、恐ろしい事態が起こります。過去数年間(通常は3年ですが、特に悪質な場合は5年)の青色専従者給与が否認されてしまうのです。この場合、過去に必要経費に算入していた青色専従者給与の額は,全額個人事業主の所得に加算され、所得税と加算税、延滞税が追徴されます。こうなった時は目も当てられません。
それを防ぐには、脱税はしないことはもちろん、帳簿はきちんと付け、領収書、請求書、給与台帳などの証拠書類と一緒に、申告期限から最低5年間(脱税の時効は7年ですが、実務では5年で足ります)は必ず保管しておくことです。
もう一つの対策は、個人事業はやめ、法人にしてしまうことです。法人ならば、仮に青色申告が取り消されても、それにより給与や役員報酬が否認されることはありません。(もっとも、架空人件費や役員賞与、過大役員報酬は否認されます。)法人ならば、青色専従者給与のように面倒な届出も不要ですし、さまざまな節税メリットも享受できる場合が多く、こちらの方が賢明かも知れません。
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