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天下り年収2億税理士の怪

※文章は2002年1月の法律を元に記述されています

マスコミを賑わせている通り、国税局長まで勤めた国税当局幹部OBの元税理士(昨年11月廃業)が、1月10日に脱税(所得税法違反)容疑で逮捕される事件が起こりました。
マスコミ報道によれば、この元国税局長氏は、在職時には麻布税務署副署長、東京国税局調査統括課長や東京国税局人事第一課長、国税庁首席監察官などの要職を歴任し、札幌国税局長で定年を迎えた大物OB。ノンキャリアであるにもかかわらず、全国で11しかない国税局(各地方の税務署を統括する上部組織)の最高峰まで登りつめた出世頭なのだそうです。
税理士試験は、毎年6万人以上が受験し、科目ごとの合格率は10%強ですが、最終的に5科目合格して官報に名前が載るのは毎年千人前後という難関です。しかし資格取得に抜け道があり、税務官署に原則として23年間勤めれば、国家試験である税理士試験を受けなくても税理士になれます。(このほか大学院に行って試験免除を受ける抜け道もあり、きちんと国家試験を受けて税理士になった人は、税理士全体の4割にすぎません。)
この元国税局長氏は、1996年7月の退職後、税務官署の在職年数を用いて税理士登録し、東京都港区南青山で税理士事務所を開業しました。その後毎年2億円を超える売上があり、所得(利益)も毎年1億5千万〜2億円あったにもかかわらず、売上の一部だけを選んで申告するいわゆる「つまみ申告」という手法と架空経費の計上により、2000年まで毎年、所得が3千数百万円であると偽装した申告書を提出していたとか。他の国税大物OBと較べ、所得が少ないことに不審を抱いた国税局の査察を受けるまでの4年間に、合計7億4千万円の所得を隠し、脱税した所得税の累計は2億5千万円との報道です。まったくもってうらやましい、じゃなくて腹立たしい事件です。この元国税局長氏は、脱税が発覚した2001年11月に東京税理士会に退会届を提出、廃業し、病気と称して都内の病院に雲隠れしてしまったそうです。
国税OBの不祥事は、他にもしばしばマスコミに登場しました。昨年12月には、大阪国税局管内の元税務署長が、在職中、税務調査を受けた会社から50万円を受け取り便宜を図ったとして、逮捕・起訴された事件も報道されました。1997年には、国税OB税理士と現役の統括国税調査官が共謀し、賄賂をもらい、贈賄者のために継続的に課税資料を抜き取り、廃棄するという事件もありました。
こうした不祥事の背景には、まず第一に、税務官署に一定期間勤務すれば、国家試験である税理士試験を受けなくても税理士になれるという、税理士制度の欠陥があります。この制度のため毎年大量の税務官署OBが、税理士として税理士会に入会してきます。国家試験を受けてもどう見ても通りそうもない人が大勢います。また、これらの人の中には、退職して税理士開業後も現役職員との?がりを重視する人がいます。第二に、退職した国税職員(といっても、通常は各地の税務署の副署長以上のポストに就いた人だけ)に対し、国税当局(通常は国税局人事課)が「退職管理」と称して組織的に実施している、税理士事務所開業のための顧問先の斡旋行為(天下り)があります。
社会常識からみて不可解なのは、この元国税局長氏が、開業後またたく間に年間売上2億円をクリアしたこと。いくら国税局長経験者とはいえ、いきなりこれだけの顧問先を自力で集められる訳はありません。税務官署による退職OBの顧問先斡旋は、「二階建て」「三階建て」などと呼ばれています。本来の業務である税務申告書作成などを行う顧問税理士がすでにいるにもかかわらず、税務官署が納税者である企業に頼み込み、二人目、三人目の顧問税理士として、雇ってもらう訳です。本来の業務をする税理士がいるのですから、二人目、三人目の税理士は、特にやるべき仕事はありません。経営に対するアドバイスも、長年に渡り民間企業とかけ離れた親方日の丸の役所にいた人の手に負えるはずはなく、税務に対するアドバイスも、長年課税する側の立場にいて当局と争うことなど思いもよらない人が、通達行政を離れて納税者の権利を守る立場に立てるはずはありません。仕事らしきものといえば、せいぜい数年に一度の割合で来る税務調査の立会いぐらいしかないのです。
この「二階建て」「三階建て」は、税務官署から納税者(会社)に直接頼み込むこともありますが、税務官署が納税者の従来の顧問税理士を通して頼み込むことも多いのです。「今度退職する○○税務署の署長の○○を、先生の顧問先の株式会社○○にお願いできないでしょうか」という具合に税理士を通じて二階建てを頼み込む訳で、当局の顔色をうかがう腑抜け税理士は喜んでそれを引き受けます。会社が難色を示すと、「OBを頼んでおくとメリットがありますよ」と、当局にかわって会社の説得にでる始末です。(こんな税理士に顧問を依頼するのはお金の無駄遣いですヨ。ホント。)
会社としては、もしも税務官署の二階建て依頼を断った場合には、何か報復があるのではないかと怯えます。税務調査に来る間隔が縮まるのではないかという懸念だけでも、会社に対する十分すぎる程の無形の圧力になります。また、OBを受け入れれば、税務調査の時に手加減をしてもらえるのではないかという期待も持ちます。あるいは、そのOBが調査の時に顔がきき、問題点があっても調査官との間で会社に有利に解決してくれることを期待する訳です。あるいは、税務官署が「優良法人」の指定(この指定を受けると、税務調査の間隔が5年以上となる)をちらつかせることもあります。
実際の税務調査の現場では、納税者にとっての有利不利は、立会いをする税理士があくまで納税者側に立ち、いわゆるグレ−ゾ−ンにおける譲歩を一切せず、いかに論理的に対応できるかにかかっているのです。税務当局と馴れ合い、顔で解決しようとしても、調査官はいかにも税理士の顔を立てたかのごとく芝居をしますが、実際にはグレ−ゾ−ンまでも譲歩させられ、調査官のペ−スにはまるだけです。ましてや、すでに退職しているOBが現役調査官に影響力を持つことは、特に個人的?がりでもない限り、まず期待できません。しかしそれを見抜ける会社はごくわずかで、大半の会社はOBの恩恵を期待して二階建てに応じてしまいます。
税務官署による退職者への顧問先斡旋は、本来公正に調査すべき会社に対して、税務官署の優位な立場を利用し、会社への無言の圧力、ないしは利益誘導を背景とするもので、実際にはたかり行為ともいえるべきものです。今回の元国税局長氏の事件は、その実態のごく一部を人々の目にさらしました。
昨秋、大阪のある税理士が、情報公開法に基づき、大阪国税局に対して退職OBに対する顧問先斡旋件数と金額の情報公開を求めたところ、平成13年7月に退職した元署長など50人に、計1,343社の顧問先を斡旋し、そのOB税理士50人に対する顧問料の合計は、月額5,945万円であるという文書が、退職OBの実名入りで交付されました。国税局には後ろめたいことをしているという認識はなかったのでしょう。OB一人当たりにすると、平均27社、顧問料収入は月額119万円(申告時の決算料はなしとしても、年額1,426万円)となり、その優雅な実態に唖然とさせられます。
元国税局長氏の脱税事件は、単なる個人的事件というよりも、国税当局という組織が持つ納税者に対する特権意識、たかり構造が生み出したひとつの産物であり、組織の生んだ犯罪ではないでしょうか。仮にこの元国税局長氏がその所得を正直に申告したと仮定しても、国民全体への奉仕者であり公僕たるべき公務員が、その優位な立場を利用し、不当な私益を得たという事の本質は変わりません。新聞報道によると、この事件に対して現職国税幹部は「初歩的で古典的な手口で容易に見つけられる。我々はなめられていた、としか思えない」と語ったそうです。この国税幹部は、国税職員が、公正に調査すべき企業から地位を利用して経済的利益を得ても、脱税さえせずにきちんとその利益を申告していれば問題がない、と思っているのでしょうが、これこそ国民をなめた考え方でしょう。
個々の税務署員は、その大半が礼儀正しく、納税者との接触にあたっても言動に注意し、高圧的態度と思われぬよう十分気をつけていますし、李下に冠を正さずの姿勢で職務を遂行しているはずです。退職OBに対する顧問先斡旋(天下り)も、統括官(一般企業の課長クラス)や上席(一般企業では課長補佐クラス)で退職する大部分の職員には、無縁な世界です。
今回の事件では、新聞の社説も、「不可解なのは、元局長が100を超える顧問先から巨額の報酬を得ていたこと」「再就職先を探す官庁とOBの影響力を欲する企業。国税当局のあっせんが慣習化しているとされる不透明な天下りシステムの全容を、まず明らかにしなければならない」(1月11日付朝日)、「何より驚くのは、顧問料収入の巨額さである。約200社の企業の顧問税理士となり、年間2億円に上る顧問料を受け取っていた」「OBを顧問税理士として迎えれば、心強いという期待感を企業に抱かせ続けてきた国税当局の税務執行にも問題」「天下りが企業と税務当局の不正常な関係を生むとの誤解を招かないため、いかなる形の顧問税理士のあっせんもやめるべき」(1月11日付日経)と書いています。当然のことです。
国税当局が納税者・国民の信頼を失えば、納税義務の適正な実現を図ることも困難です。税務行政に対する国民の信頼を確保するためにも、当局が実施している退職OBへの顧問先斡旋行為は直ちに廃止すべきです。今回の事件から国税当局はいかなる教訓を学びとったのか、何も学ばなかったのか、主権者である国民として注視していきましょう。

バックナンバー
001)年末調整あれこれ
002)同一生計親族への支払い
003)タダより高いものはない!?
004)確定申告最終チェック
005)所得税申告書の提出でドジを踏んだ場合
006)税理士をタダで利用する方法
007)税理士のいない会社のための、税務調査対応法1
008)税理士のいない会社のための、税務調査対応法2
009)税理士のいない会社のための、税務調査対応法3
010)税理士のいない会社のための、税務調査対応法4
011)税理士のいない会社のための、税務調査対応法5
012)確定申告のチェックポイント
013)2001(H13)年度税法改定のあらまし
014)税理士法改正の裏側
015)従業員の福利厚生費1
016)従業員の福利厚生費2
017)小額訴訟のすすめ
018)天下り年収2億の怪
019)株式投資における新税制
020)ストックオプション裁判の判決
021)2003(H15)年税法改定案の読み方1
022)2003(H15)年税法改定案の読み方2
023)資本金1円会社の損と得