税理士のいない会社のための、税務調査対応法5
※文章は2000年8月〜2001年3月の法律を元に記述されています
(8)調査終了後の対応
@ 調査終了後の交渉
予定した調査が終わった後、調査で判明した問題点や疑問点について、調査官の側から指摘してきます。調査官により、調査の日の最後に問題点をきちんと整理して告げてくる人もいますが、多くの調査官は、いったん税務署に帰り、上司に報告して指示を仰いだ上で、修正申告を求めてくる事項と、今回は修正申告を求めないがこれからは改善してほしい事項(税務署の用語では「指導事項」という。)に分けて、後日連絡をしてきます。この場合でも、調査当日の最後に、問題点の概略について説明があるのが普通です。
この場合の調査当日における会社側の対応法としては、主張すべき点は十分主張することです。会社側としては、税法、民法、商法などの法律と、会社の属する業界の慣行、実務上の合理的会計処理方法などを踏まえた上で、理論的かつ法律的に、整然と説明して議論するようにします。決して感情的になってはいけません。「憤兵は敗れる」ということわざもあるくらいで、頭に血がのぼっては議論になりません。
一般的に、税務署員がすべて税法に明るいかというと、必ずしもそうではありません。博学な調査官もいますが、不勉強な調査官も大勢います。なぜなら、彼らの本来の仕事は脱税を見つけることにあり、税金相談で納税者の利益になるアドバイスをしたり、提出された税務申告書の計算誤りを見つけることにあるのではないからです。売上の隠ぺいや架空経費を見つけるのに、税法の知識はいりません。調査官は、脱税を見つけるためのテクニックは磨いても、膨大な税法の勉強は怠っている人も多いのです。税理士の能力に天と地ほどの開きがあるのと同様、調査官にもピンからキリまであるのです。
実際にあった例ですが、売上は20日締め翌月末回収の会社で、売上の計上を毎期継続して決算月の20日納品分までとし、決算月の21日から月末まで10日間の納品分の売上計上は翌期回しにしていたところ、税務調査で10日分の売上の洩れがあると指摘されたことがあります。法人税基本通達2−5−1においては、法人が商慣習等の理由で、収入及び支出の計算締切日を、継続して事業年度の末日前おおむね10日以内の一定の日とすることを認める、と明記してあります。もちろんこの通達のコピ−を渡し、落着しました。この他にも、建物の修繕費として処理した金額で資本的支出と区分ができないが、建物の取得価額の10%以下なので通達により全額損金経理したが、その通達を知らない調査官もいました。調査官の主張を鵜呑みにすると、ひどい目にあう事例はいくらでもあります。
会社側も、法令、通達、会計慣行等を熟知し、税法の解釈、事実認定その他について、法令だけでなく社会通念上の適切さについても理論的に説明することです。そのためにも、不断の勉強が欠かせません。もしも社長が、本業だけで手一杯で税法など勉強する時間がないというならば、研究熱心な税理士を雇えばいいだけです。この場合注意することは、税務署に顔がきくと吹聴する税理士はほぼ例外なく不勉強で、調査にあたっては調査官から「先生先生」と持ち上げられてはいるが、争点については税務署のいいなりとなり、本来会社が折れずに突っぱねられる部分まで修正申告に応じてしまうことです。こんな税理士なら雇っても無駄です。
なお、国会で決議された法律ではありませんが、「通達」という、国税当局が一方的に作成し、各地の税務署に下達し守らせている文書があり、市販されている税法の法規集にも載っています。通達は法律ではないため、一般国民はこれに拘束される義務はありません。しかし、実務上税務官署においては法律と同様に扱われており、「通達行政」と皮肉られています。国会で決められたわけでもない文書が規範的効力を帯びていることを危惧する学者や税理士も少なくありません。納税者が通達に反した申告をした場合、税務当局が修正申告を求め、更正処分をしてくることもあります。納税者が裁判で争った場合には、通達は裁判官をまったく拘束しません。法令と社会通念だけに基づいて判決が出されることとなります。この場合、納税者が勝訴した例はもちろんいくつもあります。昭和の時代、会社の厚生費として処理できる社員旅行は2泊3日までで国内旅行に限るという通達があり、海外社員旅行をして否認された会社が国側(税務当局)と裁判で争い、国側が敗訴し、そのため通達が改正された事例もあります。しかしながら、裁判では残念ながら大部分が国側の勝ちに終わるのが実情です。会社としては、この実情も考えて判断しなければなりません。しかし通達には納税者に有利な規定も多数ありますので、通達も十分勉強し、有利な通達は大いに活用し、実務や社会常識から見て明らかに不合理な通達には、争う覚悟で対処すべきでしょう。
A 過大申告が見つかったとき
前期分の申告では利益が過少となっていた部分があったが、前々期は逆に利益が過大計上になっていたことが判明する場合もあります。この場合、過少申告と過大申告の金額がほぼ同じである場合、過大申告の証拠を提示して相殺を求めれば、当局はあえて前期分の修正申告は求めてこないものです。
また、過大申告だけが判明した場合や、過大申告の方が過少申告の金額よりも多かった場合には、「減額更正」を求めます。減額更正とは、過大申告した所得金額を正しい金額に減額し、納めすぎた税金を還付してくれる、税務当局による是正措置のことです。
過大申告をしたことが判明した場合、会社側からは、「更正の請求書」を出して減額更正を求めることができますが、この権利は申告期限から1年で時効消滅してしまいます。しかし税務当局の職権による減額更正は、申告期限から5年間できるのです。この不均衡は不合理と思いますが、対抗手段がないわけでもありません。ひとつの方法としては、会社側からの更正の請求は時効が成立していても、過大申告を証明できる証拠と嘆願書を付けて、「更正のお願い」という形で提出し、職権による減額更正求める方法です。調査終了直後であれば、調査官に口頭で減額更正を依頼した方がいいでしょう。ただ、この「更正のお願い」は、税務当局が応じてくれなかった場合でも、納税者側に対抗手段がありません。
調査時点ではなく、法人税申告書作成時点で過年度の過大申告に気付いた場合で、すでに更正の請求の権利が時効消滅していた場合には、奥の手があります。前期損益修正損という科目で過年度の過大申告分を、当期の申告で一度に損金経理してしまうのです。法人税は所得税と異なり、所得金額による税率の差が原則としてありませんので、これで通れば損はありません。しかし、前期損益修正損の金額が僅少な場合を除き、まず税務調査を受ける覚悟は必要です。そして、前期損益修正損を計上した直前事業年度は修正申告に応じたとしても、その交換条件として、更正の請求が時効消滅している過年度分の過大申告分について、税務当局の職権による減額更正を約束させるのです。
B 調査官側のテクニック?
後日であれ、調査当日であれ、調査官が最初に指摘してくる問題点と増差所得(調査により判明した利益の増加金額)には、「はったり」の部分も含まれていることが多いといえます。つまり、調査官としては、この会社から増差所得を100万円ぐらい取れると思ったら、最初は200万円の問題点があると持ちかけてくるのです。その内訳は、調査官が自信を持って勝てると思っている部分が100万円、いわゆるグレ−ゾ−ンで解釈が分かれ、国税不服審判所や裁判で争った場合、どちらに転ぶか分からないため、更正処分まではしにくい部分が100万円、という具合です。さらに無能な調査官であれば、調査官の見込み違いや不勉強で、会社が争ってきたら国側に勝ち目のない部分がある場合すらあります。
そして会社側が抵抗してきたら、いかにも調査官が折れるふりをして、少しずつ譲歩し、最終的には自信のある100万円部分はしっかり修正申告をさせ、うまくいけば、グレ−ゾ−ンの部分も何割か修正申告に応じさせようと考えているのです。
会社側としては、この調査官側のテクニックも念頭に入れて対処すべきです。しかし、会社側にとって、どこは勝ち目のない部分で、どこは会社が争えば当局が更正処分を打てない部分なのか、見抜けるだけの知識が必要です。
C 調査官にもノルマがある?
調査官にとって、いくらの金額の増差税額(調査により判明して追加徴収できる税額)を取って来い、というノルマがあるか否かといえば、生命保険のセ−ルスのように目標数字を課せられているわけではありません。しかし、個々の調査官も、同僚との間で厳しい出世競争を強いられています。上司である統括官ならば、部下が上げた増差という成績により、その評価が決まります。そして取ってきた増差税額が、税務署員としての一生における地位を決めることになるのです。
ずば抜けた成績(増差税額)を上げていれば、たとえ高卒のノンキャリア組であっても、地方の税務署長の椅子までならねらえます。一方、申告是認(空振り)ばかりで成績はいつも振るわなければ、定年まで勤めてもせいぜい上席調査官止まりで一生を終えます。地位は給与や手当てだけでなく、退職金や老後の年金にも影響しますし、署長や副署長になれれば、退職時に税務署が前年の年収分くらいの顧客を斡旋してくれます。調査官が増差の獲得に夢中なのも、しごく当然といえます。
D 「おみやげ」論について
会社経営者や税理士の一部は、したり顔でこう話す人がいます。「税務調査の時は、調査官へのおみやげとして、少々の増差をだして税金をくれてやった方がいい。向こうもノルマがあり手ぶらでは帰れないので何か出るまで粘るだろうから、その方が調査が早く終わる。」と。調査官の中にも、会社に対して、「ここを認めてくれないと調査が長引きますよ。」と脅す(?)人がいます。
しかし、これは大きな誤解です。調査官には、調査に行く会社の件数というノルマもあり、一つの会社の調査に割くことのできる日数は、小規模零細企業が相手であれば、会社での調査と取引先や銀行等の反面調査、税務署内での報告書作成等も含めて、せいぜい3日か4日が限度でしょう。修正申告に応じないからといって、調査を長引かせることはできません。もしも一つの会社だけにかかわりあっていれば、件数を達成できないのです。
また、税務署は調査の記録を「税歴表」という記録簿に残し、後任者に申し送りしており、今回の調査官も税歴表を見て調査対象企業を決め、過去の税務調査の記録を読んでから会社に来ているのです。
もしも調査を受けるたびに「おみやげ」という増差を出していたら、その会社はおいしい「カモ」ということになり、調査官は成績稼ぎのため数年毎に定期的に調査に来るでしょう。一方、問題点なしの「申告是認」を勝ち取れば、税歴表に記録が残り、何回か連続して申告是認となれば、次の調査に来るまでの周期も長くなり、調査に来る回数も減るでしょう。あなたの会社はどちらを選びますか。
E 交渉のらちが明かないとき
調査官との交渉が平行線をたどり、意見の食い違いについてどうしてもらちが明かない時は、税務署まで出かけていき、上司である統括官と直接交渉する方法もあります。ただしこの場合は、事前にその調査官にその旨話して了解を得るようにします。いきなり行って調査官の面子をつぶさないためです。
いくら話し合っても意見の食い違いについて解決の糸口がつかめなかった時は、最後の手段として、「それならば、修正申告には応じられませんので、更正してください。国税不服審判所や裁判所で争います。」と突っぱねる方法があります。「更正」とは、税務当局が職権により所得を変更して課税してくる処分のことです。
会社から「修正申告には応じない。やれるものなら更正してみろ。とことん争う。」と開き直られると、調査官もたじろぎます。これは伝家の宝刀ともいうべき最後の切り札です。
なぜなら、実際に更正処分をしたとすれば、その調査官の査定面では決してプラスには働きません。「調査官は納税者を説得できなかった」とマイナス査定すら受けかねません。
また、実際に更正処分をして、会社側が国税不服審判所や裁判所で争い、もし国側(税務当局)が負けた場合には、その調査官と直属の上司(統括官)にとって、査定面でたいへんなマイナスポイントとなり、昇進にも影響してきます。ましてや裁判で敗訴が確定したとあっては致命的で、その調査官と直属上司は、もはや税務官署で陽のあたるポストを手に入れることは永久に不可能となります。したがって、調査官としては、更正は可能な限り避けたく、会社に修正申告書を提出してほしいのです。
実際に税務当局が更正処分をする場合には、いわゆるグレ−ゾ−ンで納税者が争ってきたら負ける可能性のある部分は避け、絶対勝てる自信のある部分しか更正をしてこないものです。したがって、税法の知識がない会社であれば、わけもわからず調査官に言われるままに修正申告書を出すくらいならば、むしろ更正をさせた方が損害は少ないくらいです。
ただ、会社側としても、本音をいえば更正処分を受けるよりも、税務当局の大幅譲歩を勝ち取り、修正申告に応じた方が得なのです。更正を受け、国税不服審判所で争うには、税理士か弁護士の指導が必要で、お金がかかります。裁判で争うならば、その手間と時間、弁護士費用の負担もばかになりません。30万や50万の税金ならば、裁判費用を考えれば泣き寝入りした方が得なくらいです。したがって、会社側としても更正は避け、当局との話し合いで譲歩させ、修正申告に応じた方が得策なのです。
F 修正申告書提出の注意事項
調査で指摘された非違事項について異議がない場合や、調査官との話し合いで合意に達したときは、修正申告書を提出することとなります。この場合、増差税額のほか、過少申告加算税が増差税額の10%〜15%(仮装隠蔽がある場合は重加算税35%)と、延滞税という利息が本来の納期限から年14.6%の日割計算(ただし、最初の2箇月間は公定歩合の4%増の日割)でかかります。ただし延滞税は、期限内申告書を提出していれば最高でも1年分までとなります。
したがって、法定申告期限から1年未満のものは、なるべく早く修正申告書を提出して納税した方が延滞税が少なくなります。しかし申告期限から1年を経過しているものは、延滞税はもはやこれ以上増えませんので、会社の資金繰りを考慮して修正申告と納税の時期を決定します。修正申告が遅れるようならば、調査官にその旨連絡して了解を得ます。
注意すべきことは、修正申告書を提出すると、いくら内容に異議があっても、税務署長に対する不服申立て、国税不服審判所への審査請求、裁判所への提訴という、係争する一切の手段と権利を失ってしまうことです。そのため、納得できない修正申告には、絶対に応じてはいけません。
今回の調査で指摘された問題点については改善し、また、調査の対処についても教訓を書きとめ、次回の調査では再び同じ轍を踏まないための糧としましょう。向こうも調査の記録を税歴表に記入して、後任者のために残しているのですから。
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