税理士法改正の裏側
※文章は2001年9月の法律を元に記述されています
さる5月下旬、税理士法改正案が国会を通過し成立しました。日本税理士会連合会(日税連)が国会に働きかけ、鳴り物入りで宣伝し実現を図った代物(しろもの)です。しかし、日税連の森金次郎会長自身も認めているように、税理士会、国税当局、その他さまざまな立場からの妥協の産物であり、決してベストなものではなく、今後さらに改正を重ねていく必要があるものといえましょう。
さて、この税理士法改正の主たる中味はというと、おおむね次のようなものです。
(1) 税理士法人の創設
従来より税理士資格は、個人に付与されるものとされ、税務代理、税務申告、及び税務相談業務は、有償無償を問わず税理士の独占業務として、税理士でない者が業として行うことは罰則規定をもって禁止されていました。したがって、税理士の資格のない者はもちろん、たとえ税理士が社長となっている会社であっても、法人が税務申告書の作成を請け負ったり、税務相談を業として行うことはできなかったのです。
そのため、税理士が節税その他の理由により会社をつくる場合には、法人としては、税務申告書作成や税務相談などの税務関係業務を建前上一切行わず、法人では記帳代行や会計帳簿・財務諸表作成などの会計業務、及び経営コンサルタント業務のみを行い、税務関係業務は個人の税理士事務所で行う形を取らざるを得ませんでした。もしも顧客との契約を個人の税理士事務所のみで行い報酬を収受している場合には、個人の税理士事務所が会計業務や経営コンサルタンント業務を法人に外注に出している形にして、法律の網をくぐったのです。
また、税理士は事務所をひとつしか設けることができず、支店はつくれませんでした。そのため、税理士事務所を二ヶ所に作りたければ、夫婦、親子、兄弟などがそれぞれ税理士資格を取得し、それぞれの名義で事務所を構えるしかありませんでした。
今回の税理士法改正により、税理士が二人以上集まり社員となれば、「税理士法人」という会社を作り、税理士法人が税務代理・税務申告・税務相談業務を行うことができるようになりました。さらに税理士法人は支店も設けることができることになりました。
法人であれば、個人事業にするよりも必要経費になる範囲も増え、同族関係者に給与を払い所得分散も図れるし、役員に退職金も払えるなど、個人事業よりも節税メリットを享受できる場合が多くなります。また法人であれば、社長である税理士が死亡しても、後を継ぐ資格者がいればそのまま事業を継続できます。したがってこの規定は、税理士にとって有利な改正といえそうです。
しかしながら、この税理士法人には大きな欠点がつくられました。それは、社員である税理士は、法人の債務に対し無限責任を負うとされたのです。株式会社や有限会社の役員は有限責任しか負わず、所有する株式や出資の価値はゼロとなっても、それ以上の損失をこうむる事はありません。会社が損害賠償訴訟を起こされ敗訴したり倒産した場合でも、役員が会社の債務の保証人になった場合や商法等の法令違反がある場合を除き、個人財産をもって弁済する義務はありません。ところが無限責任を負う場合は、社員である税理士は、会社の債務を私財をもって弁済しなければならず、最悪の場合は全財産を失うリスクすら負うのです。
税理士法人は税理士が二人以上集まれば設立できますので、仮に友人と組んで税理士法人をつくり、その友人が大失敗をして顧客から損害賠償請求を受けたり、法人の業務中に交通事故等を起こして賠償請求を受けた場合、税理士法人をつくったほかの社員も連帯して無限責任を負い、個人財産を失う危険性があります。これではよほど信頼できる人でなければ一緒に組むことができず、実際には夫婦・親子・兄弟以外の税理士が税理士法人をつくることはまれになるでしょう。したがって私は、多くの税理士は税理士法人を設立するよりも、従来からの手法である会計業務を行う有限会社・株式会社設立を選ぶケ−スの方が多いと予想します。
(2) 税理士の出廷陳述権の創設
税務訴訟において、税理士が補佐人として出廷し、租税に係る事項について陳述することができるようになりました。従来は、裁判において訴訟代理人となり陳述することができるのは弁護士だけでしたが、今回の法改正により、税理士も代理人である弁護士と共に出廷し、補佐人として発言できることとなったのです。税務申告書を税理士が作成した以上、当然といえば当然のことが認められたに過ぎません。
しかしながら、わが国では税務訴訟の件数は必ずしも多くなく、また、税務当局と対峙して論陣を張れる税理士も多くなく、この法改正により税理士の職域が広がるとはいちがいにはいえないでしょう。
(3) 大学院による税理士試験免除制度の改定
国家試験である税理士試験は難関試験のひとつで、会計2科目、税法3科目の合計5科目に合格する必要があります。科目ごとの合格率は10%強ですが、最終的に5科目合格して官報に名前が載る人は、全国で6万人の受験者のうち千人前後にすぎません。しかしながらこの国家試験で合格した人は税理士全体の4割程度で、大半の税理士は国家試験を受けずに税理士になっています。たとえば、税務署などの税務行政に23年従事すれば、試験免除で税理士になれます。あるいは大学院に行き、一定の科目を履修すれば試験が免除される特典もあり、法学と商学の大学院のそれぞれ修士課程に2年ずつ行けば、4年で税理士試験が全科目免除となりました。難関国家試験がある反面、苦労のいらぬ王道もあったのです。
税務官署の職歴による試験免除ならば、18歳で採用されても40代になるまで待たねばなりません。ちょうどその頃は子供の学費や住宅ロ−ンの支払があるため、高給厚待遇の公務員の椅子を振って税理士になる人は少なく、60歳近くの勧奨退職まで税理士登録をしない人が大部分です。しかし、大学院による免除を利用する人は水が低きに流れるがごとく急増しており、大学院側も学生集めに税理士試験免除を謳い文句にしているところがありました。大学院による試験免除者は、税理士業界以外のマスコミからも「粗製濫造」税理士と書かれ、問題視されていました。
今回の税理士法改正により、大学院による試験免除の対象となる学問領域を、税法または会計学に属する科目に限定し、免除に該当するかどうかを国税審議会が認定することとなりました。また、会計学履修により会計科目の免除を受けるには、簿記論と財務諸表論の2科目のうち1科目は一般国家試験を受験し合格することが条件で、残りの1科目が免除されることとなり、また、税法履修により税法科目の免除を受けるには、税法科目のうち1科目は一般国家試験を受験し合格することが条件で、残りの2科目が免除されることとなりました。
確かに、従来の大学院による甘い抜け道は多少なりとも改善された訳で、その意味で一歩前進ではあります。しかし、それでも税法の大学院に2年行き、一般試験で税法1科目に受かれば残りの税法2科目は免除されますし、税法と会計学の大学院に合わせて4年行き、会計1科目と税法1科目に受かれば、残りの3科目が免除される道が残りました。大学院による免除を残そうとする大学側との、奇妙な妥協の産物となった訳です。もしも大学院卒業者に税理士としての資質が本当にあるならば、一般国家試験で5科目を受験しても受かるはずです。業界内外から鼻つまみされている大学院免除制度を、多少手直ししたとしても残したことは汚点でしょう。
また、税務官署の職歴による試験免除制度は手つかずでそのまま残された訳で、将来に禍根を残しました。税務署員であっても、税理士になりたければ公平な国家試験を受けるべきですし、もしも税務署員に税理士としての能力があるならば、国家試験を受験しても受かるはずです。公務員にたいする不公平な優遇制度は全廃すべきです。
もっとも国税当局とすれば、税務官署O.Bを大量に税理士会に送り込む現行制度を温存しておけば、税理士会内部の情報は筒抜けになりますし、税理士会も税務当局に逆らわない税務行政の下請けのような地位にとどまり、税理士会を自由に牛耳ることもできるので、メリットが大きいのでしょう。
(4) 税理士試験受験資格の改定
税理士試験の受験資格については、従来は、大学による一般教養課程の修了、一定の科目を履修した短大卒業などがあり、ほかに中卒者や高卒者であっても、日本商工会議所簿記検定1級合格、全国経理学校協会簿記検定上級合格、もしくは一般企業の経理勤務や税理士事務所勤務5年以上、税務官署の勤務3年以上などさまざまな方法がありました。
今回の法改正により、一般企業の経理や税理士事務所勤務による年数が3年に短縮されました。また、一定の昼間通学の経理専門学校卒業者にも受験資格が与えられることとなりました。
受験資格の門戸が広がったことはよいことと思いますが、本来ならば受験資格など全廃し、だれでも自由に受験できるようにすることこそ、学歴による差別をなくし真の公平につながります。司法書士試験は合格率3%の難関国家試験ですが、受験資格などなく中高卒者でも受験できますし、最難関国家試験である司法試験も、一次試験の一般教養から受験すれば中高卒者にも門戸は開かれています。
受験資格によるハ−ドルをつくるよりも、試験の出題内容や合格者のレベル維持の方が重要ですし、弊害の大きい試験免除制度の廃止こそが必要でしょう。
(5) 税理士報酬の自由化
税理士会は、従来より税理士報酬規定をつくり、報酬額の最高限度額を決めていました。最高限度額ですから、それより安くすることは自由です。しかしながらこの報酬規定による報酬額は目の玉が飛び出るほど高く、実勢価格はその2分の1程度でした。にもかかわらず一部の税理士は、この報酬規定を根拠に高額な報酬を請求していました。
今回の法改正により、税理士報酬が自由化され、税理士会の会則からも報酬規定が削除されることとなりました。
大部分の税理士にとって実務に与える影響は皆無と思われますが、折からの大不況と規制緩和の潮流により、税理士報酬の相場は下落傾向にあります。顧客である企業としては、自社の顧問税理士の報酬額が世間相場よりも不当に高すぎないか、いま一度調べてみてはどうでしょうか。特に銀行と提携している税理士の料金は高いようです。同業者の集いや異業種交流会などで、他の会社の税理士報酬額を聞いてみましょう。殿様商売の世間知らず税理士もときおり居りますぞ。
(6) 書面添付制度における意見聴取制度の創設
従来の税理士法においても、税理士が顧客の税務申告書を提出する際に、税理士法第33条の2の規定による書面を添付することができるという規定がありました。しかしながら、「添付できる」という任意規定であることと、添付した場合にも何のメリットもなかったため、この書面の添付は、TKCというコンピュ−タ−ソフト会社のユ−ザ−税理士だけの趣味の域に近く、ほとんど普及していませんでした。
今回の法改正により、税理士が顧客の申告書に税理士法第33条の2の書面を添付した場合には、税務当局が事前通知をして税務調査に行く場合に限り、事前にその税理士に通知し、その添付書面に関して意見を述べる機会が与えられることとなりました。国会答弁によれば、この意見徴収により疑問点が解明されれば調査を省略するそうです。いわば当局は、アメらしきものをちらつかせて書面添付を勧奨してきた訳です。
なお、その添付書面とは、税理士が申告書を作成するにあたり、納税者側にはいかなる資料が保管されており、どのような書類を提示されて計算・整理・審査をしたか、また、納税者からいかなる相談が持ちかけられたかを書くものとされ、さらにその申告書が税法規定に従って作成された旨の税理士の誓約書を添付するというものです。その書面に虚偽記載があった場合には、税理士は懲戒処分の対象になるリスクを負うこととなります。
平たくいえば、税務当局側からすれば、税理士が作成した申告書にどんな証拠資料が保管されているかを明記し、また、正しい申告である旨のお墨付きを税理士が出せば、無予告で抜き打ち調査に行く場合を除き、事前予告をして調査に行く場合には、調査の前に税理士に電話して意見を聞いてやるぞ、と述べている訳です。
しかしながら留意すべきことは、その33条の2の書面添付をした場合でも、税務署側が事前予告をせずにいきなり納税者の所に行き、抜き打ち調査をすることができることです。また、税理士から意見徴収をするのは添付書面についてであって、税務当局が申告内容について調査に行くことについては何ら妨げにならないことです。従来でも、税務当局が事前予告をして調査に行く場合には、税理士法第34条の規定により、委任状を添付した税理士に事前に調査の通知をしなければなりませんでした。しかし事前予告のない抜き打ち調査をする場合には、税理士にも通知はありませんでした。今回の法改正においてもこの取扱いは全く変更がなく、したがって、書面添付をしたことによる納税者側のメリットは、少なくとも税理士法の条文上では全くないことになります。
この書面添付は、「添付することができる」という任意規定ですから、添付しないことも自由ですし、添付しないことによる不利益取扱いはあり得ないはずです。
にもかかわらず、税務当局がなぜこのような規定を税理士法に入れたか、という本音は、次のようなところにあるといえましょう。国税庁の5万人の職員では、全国で200万社といわれる中小企業の調査について全部廻りきることは困難です。そこで当局は、全国に6万5千人いる税理士を税務調査の下請けに利用しようと考えました。そのため税務申告書の作成証拠資料の内容を記載し、申告書の適法性を税理士が保証するならば、その交換として、アメにも見えなくもない絵に描いた餅を与えることとした訳です。もしもそのアメが本当のアメであるならば、世間に多数ばっこするニセ税理士や脱税請負人もこぞって書面添付をしてくるでしょう。ニセ税理士の作成した申告書には、必ずといっていいほど提携する本物の税理士のハンコが押してありますので、書面添付など朝飯前です。こうなれば税務当局としては書面添付の意味がなくなり、アメがアメでなくなります。
仮にも納税者の代理人としての自覚を持つ気骨のある税理士であれば、こんな書面添付などの餌に食いつくはずはないでしょう。税務調査は税務当局の仕事であり、税理士の仕事ではありません。税理士は納税者の代理人として、税法規定をフルに活用し、合法的な最大限の節税アドバイスをすべきであって、当局の調査のお手伝いをする義務はありません。もちろん税理士が脱税指導をしないことは、弁護士が刑事被告人の弁護はしても刑事犯罪のほう助をしないことと同様です。それに多少でも良心のある税理士であれば、自分の顧客のこの人の申告書は信用できるから書面を添付し、あの人の申告書は疑わしいから書面添付をしないなどと、差別できるものでしょうか。
しかしながら納税者側としては、税理士を判断するひとつの材料が与えられることとなりました。税務当局に迎合してその下請けとしての地位に甘んじる税理士か、それとも納税者の代理人としてその利益を守ろうとする自覚を持った税理士か、というひとつの判断材料です。もっとも、自覚はなくても面倒くさいという理由で書面添付をしない税理士も多数いるでしょうけれども。はたして自分の会社の顧問税理士が33条の2の書面添付をするか否か、これから提出する申告書に目を光らせていましょう。 |