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2003(H15)年税法改定案の読み方1

※文章は2003年1月〜2月の法律を元に記述されています

今年(2003年)の税法改定の政府・与党案が、2002年12月に発表されました。まだ国会を通過したわけではありませんので、手直しされる可能性がゼロとは言い切れませんが、与党各党の根回しは済んでいるため、おそらく3月の国会では、この原案通り可決通過するものと予想されます。今回と次回の2回に分けて、そのH15年税法改定政府・与党案のあらましと、その意図するところについて述べることとします。

(1)生前贈与の相続時精算制度
今年の税法改定案の目玉は、何といってもこの「生前贈与の相続時精算制度」でしょう。どのような制度か、というと、65歳以上の親が、将来親が死亡した時には相続人になるはずの子に対し、親の生前に財産を贈与した場合には、子一人あたり2500万円までの贈与財産については贈与税を非課税にし、2500万円を超えた贈与については、超えた部分につき一律20%の税率で贈与税を課すというもの。ただし、条件がつき、この制度を利用して、贈与税が非課税または20%で贈与した財産については、親が死亡したときに、親の相続財産に加算して相続税を計算して精算し、相続税を課するというのです。つまり、全くの無税で2500万円がもらえるのではなく、あくまで課税を繰り延べるにすぎず、将来相続が生じた時に相続税を払ってもらいます、という制度なのです。
なお、2500万円の非課税枠は、一年あたりの非課税枠として毎年使えるのではなく、65歳以上の一人の親から一人の子への贈与における、子一人が一生に使える合計額です。この点で、通常の贈与における110万円の非課税枠とは全く異なります。通常の贈与の110万円の非課税枠ならば毎年使えるため、たとえば年110万円ずつ30年間毎年贈与すれば、3300万円の財産を非課税で贈与できますし、将来の相続においても、贈与から3年以上経過していれば、相続財産に加算されることはないからです。
また、この生前贈与相続税精算制度を一度でも利用してしまうと、その親から子への贈与については、通常の贈与税の非課税枠や税率の規定は永久に使えなくなる点も特徴です。
この相続時精算制度を利用した贈与で、2500万円を超えた贈与財産には、20%の贈与税がかかりますが、これも相続税の前払いとして取扱い、将来の相続税の計算において、納付すべき相続税と前払いした贈与税を比較し、不足があれば相続税を課し、前払いした贈与税の方が多ければ、過大納付分は国が還付してくれることになります。
また、住宅取得資金の親から子への贈与については、H17年までの時限措置ではあるものの、親の年齢は不問で相続時精算制度が利用でき、非課税枠は3500万円(ただし親の死亡時に相続税で精算)となります。現行の住宅取得資金贈与特例の550万円まで永久非課税、1500万円まで税額軽減の制度も、H17年まで残り、納税者がいずれか有利な方を選択できます。
なぜこんな相続時精算制度ができたのかというと、国は、高齢の親は資産をたくさん持っているが使おうとしない、この資産を子に贈与させ、子が住宅建設や事業の開業、レジャ−とか孫の学費などに使ってくれれば、消費の拡大に結びつき、景気回復の一助となるだろう、という読みです。非課税枠2500万円とは、相続の際の相続税の非課税限度額も5千万円プラス法定相続人一人あたり1千万円あるので、たとえば子供三人が相続人の場合8千万円までの遺産ならば相続税は非課税になります。その相続税の非課税枠を前倒しする考えで、生前贈与も子一人あたり2500万円までの非課税枠を設けたのです。
この相続時精算制度のミソは、この制度の利用が必ずしも納税者に有利になるとは断言できない点です。通常の贈与であれば、110万円の非課税枠は毎年使えるし、たとえば一年あたり200万円を贈与しても贈与税は9万円で済むので、親が毎年計画的に子や孫に贈与すれば、相続財産を大きく減らすことが可能です。ところがこの相続時精算制度は、いくら贈与しても相続時に相続税が課せられてしまうため、長期的に見れば節税効果はないことになります。しかし、住宅や事業などですぐに親からのお金がほしい子供にとっては、ありがたく映る制度でしょう。そして、子が贈与を受けたお金をすぐに使えば、それだけ業者も潤うし、その業者が払う法人税、消費税、所得税となって、国も税収が増える、という算段です。はたして、このようにうまく行くかどうか‥‥‥。
この制度を利用して贈与を受ける子が注意すべき、恐ろしい落とし穴があります。それは、生前に贈与を受けた財産が、相続の開始時点(つまり親の死亡時点)で果たして残っているかどうかです。贈与を受けた財産を使ってしまったり、あるいは事業の失敗などで失われてしまった場合でも、親の死亡時に相続税を払わなければなりません。通常の相続であれば、相続により取得した財産の中で相続税を払えばいいのですし、相続により取得した不動産等の現物を国に渡して納税すること(物納)もできます。ところがこの相続時精算制度を利用した場合は、親の死亡時にはもはや生前贈与を受けた財産が残っていなくても、相続税だけが課されることになります。そうなれば、毎年の給与などの稼ぎから分割納税するしかありませんが、このような悲劇が起きるリスクもあるのです。
親としてもこの制度による贈与をする場合、注意すべき点があります。それは、親から子に対する愛情は、一方的に親が与えるだけの一方通行の愛情に近い、という事実です。親にとって子はすべてであり、持てる愛情のすべてを子に注ぎこみます。それは、たとえ子が成人して所帯を持ち、孫ができ、子が立派な中年や壮年になっても、親の子に対する愛情には終わりがありません。ところが、子の親に対する愛情は違います。子にとって、小学生か中学生ぐらいまでは、親、特に母親は最も好きで大切ななくてはならない人です。ところが子が成人して恋人ができ、結婚し、孫でもできると、親はもはや用済みで愛情は薄れ、すねをかじるだけの存在になることが多いのです。所帯を持った子にとって大事なものの順位は、一に自分の子供、二に配偶者、三、四がなくて五に自分の親、という位の存在になってしまいます。
そして、冷厳な事実ですが、年老いた老人が、体の自由がきかなくなり、あるいは寝たきり老人となったときに、親に資産があるか否かが、年老いた親の幸・不幸に大きな影響を与えることが非常に多いのです。親にたくさんの資産があれば、子は遺産が手に入ると考え、親の面倒をよくみます。子の連れ合いは特にその打算が露骨です。また、親が自分の財産を使って高価な病室に入院したり、家政婦やヘルパ−をつけたり、介護老人保健施設の高価な個室に長期間入所することも可能です。ところが親に財産がないと、親は実の子からもお荷物扱いされ、ひどいケ−スでは子の家の間をたらい回しにされるケ−スさえあります。
地獄の沙汰も金しだい、という言葉がありますが、親が幸福な老後を送りたければ、たくさんの財産を持っていることが必要です。資産がなければ、結婚して所帯を持った子が年老いた親に尽くすことなど、まず期待しないほうがいいでしょう。
また、父親が生前に子に財産を贈与してしまえば、長年連れ添って財産の形成維持に協力した妻が、夫の死亡時にもらえる財産が減ることになり、夫の亡き後の妻の生活にも不安が生じます。また、配偶者は法定相続分までの遺産を無税で相続できますが、生前に子に贈与することによりその無税で相続できる財産が減るため、相続人全員が納める相続税の総額が、かえって増えてしまうケ−スも生じかねません。
今年創設される予定の相続時精算課税制度を利用して子に贈与するならば、この贈与をしても、なおまだ親のもとに相当な財産が残り、その残りの財産を使って親が悠々自適の老後を送り、また、夫の亡き後の妻も、生活に不安のない充分な財産を所有し、なおそれらの財産を親が死ぬまでに使いきれず、多額の遺産を子に残せることが必要条件になります。相続時精算課税制度による贈与をしたら、親が無一文とまではいかなくても、親の死ぬまでの生活にわずかでも不安が生じるならば、この贈与は思いとどまるべきです。お金のない老人は哀れです。人によっては、この相続時精算制度を、「リア王育成税制」と皮肉っていますが、あながち的外れとはいえません。

(2)相続税の最高税率引下げ
相続税においては、基礎控除を超える遺産に対して、財産の金額により10%から70%までの税率の相続税が課せられます。遺産をもらう相続人一人当りの財産が、基礎控除を差し引いた額で20億円を超える部分については、最高税率の70%が適用されます。
ただし、配偶者については、法定相続分までの遺産(配偶者と子が相続人の場合は、配偶者が法定相続分として2分の1の遺産を相続し、残りの2分の1を子が均等に分ける)を取得しても、相続税は全くかかりません。遺産が何百億あろうとも、配偶者は2分の1は無税でもらえます。しかし子は、自分のもらった遺産の額に応じて、相続税がかかることとなります。
この最高税率70%が適用されるには、たとえば妻と子2人が相続人の場合、80億8千万円を超える遺産を相続しなければなりません。このような多額の遺産を残せる大資産家の被相続人は、全国でも年間で十人もいないといわれます。それどころか、全国で亡くなる人の95%は、基礎控除の範囲内の遺産しかなく、相続税とは無縁なのです。
この、相続税の最高税率が、H15年の相続開始分より、今までの70%から50%に引き下げられます。新しい最高税率50%は、相続人一人あたりが取得する財産が、基礎控除を差し引いた額で3億円を超える部分に適用されます。また、取得した遺産額に応じて適用される税率とそのきざみの区分も、若干変更され減税となります。
相続税とは、本人の努力能力とは無関係で、資産家の子として生まれたという偶然により手に入る不労所得に対して課税するものです。そしてそれは、富の再分配という効果も果たしています。(実際には、農地については、都市にあるどんなに高価な土地でも、生産緑地を選択し、20年の営農をすれば相続税がタダ同然になる不公平のように、骨抜きにされた部分もあります。)はたして、全国で年間十人もいない大資産家のために、今ここで相続税の税率を引き下げる必要があるのか、大いに疑問を感じます。税収の歳入不足や高齢化社会による福祉の財源うんぬんが言われている今日、大資産家だけが恩恵をこうむり、ほとんどの国民には無縁の減税をあえて行うとは、政府は何を考えているのでしょうか。

バックナンバー
001)年末調整あれこれ
002)同一生計親族への支払い
003)タダより高いものはない!?
004)確定申告最終チェック
005)所得税申告書の提出でドジを踏んだ場合
006)税理士をタダで利用する方法
007)税理士のいない会社のための、税務調査対応法1
008)税理士のいない会社のための、税務調査対応法2
009)税理士のいない会社のための、税務調査対応法3
010)税理士のいない会社のための、税務調査対応法4
011)税理士のいない会社のための、税務調査対応法5
012)確定申告のチェックポイント
013)2001(H13)年度税法改定のあらまし
014)税理士法改正の裏側
015)従業員の福利厚生費1
016)従業員の福利厚生費2
017)小額訴訟のすすめ
018)天下り年収2億の怪
019)株式投資における新税制
020)ストックオプション裁判の判決
021)2003(H15)年税法改定案の読み方1
022)2003(H15)年税法改定案の読み方2
023)資本金1円会社の損と得