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株式投資における新税制

※文章は2002年5月の法律を元に記述されています

今年(H14年)より、個人の方が株式を譲渡した時の所得税の課税関係が大幅に変わります。改定は複雑多岐にわたり、おそらく、少なからぬ個人投資家にとっては理解しにくく、有利な選択ができないばかりか、間違いも予想されます。そこで、今年の所得税の改定による証券新税制をみていきましょう。なお、以下に述べる規定は個人の所得税についてであり、法人には適用されませんのでお間違いなく。

(1)源泉分離課税は廃止される
H1年3月までは、個人が株式を売って儲けても、年間50回以上かつ20万株以上売買するセミプロ級投資家を除き、原則として非課税でした。そのかわり株で損をしても、給与や事業などの他の種類の所得と相殺(損益通算)ができず、バランスをとっていたのです。しかし、H1年4月より、株式の譲渡益については原則として確定申告が必要となり、申告分離課税により、26%(所得税20%、住民税6%)の税金がかかることとなったのです。だが、それまで非課税であったことから少なからぬ個人投資家は株式の取得価格の資料を保管していないこと、課税庁側の捕捉体制の不備、証券市場への影響等を考え、上場株式等を証券市場で売却した場合には、申告不要の源泉分離課税の特例が設けられました。つまり、売却時に選択すれば、売却金額の1.05%の所得税を証券会社が天引き納付することにより納税が完結し、確定申告が不要になる制度を選べたのです。
この源泉分離制度は、今年(H14年)12月31日をもって廃止されます。したがって多額の含み益がある銘柄を多数持っている場合には、年内にいったん売却して利益を出し、1.05%の源泉分離課税で納税しておく方が有利な場合も考えられます。手放したくない銘柄であれば売った翌日に買い戻すのは自由で、こうすれば帳簿価額を上げて将来の節税につながる可能性があります。しかしほとんどの個人投資家は、12年間におよぶガラ相場で痛めつけられ、含み益のある銘柄を寝かしておくどころではないのが実情でしょう。

(2)上場株式の税率の引き下げ
上場株式等を証券市場で売却した場合の申告分離課税の税率が、H15年1月1日以後の譲渡より、20%(所得税15%、住民税5%)に引き下げられます。H14年中の譲渡は26%の税率ですから、来年(H15年)からは預金の金利に係る税金と同率になるわけです。
適用になるものは、上場株式、上場転換社債、上場ワラント債、店頭株、店頭転換社債、一定の上場株価指数連動型投資信託(ETF)などです。これらに該当しない非上場株式等は、従来通り26%の税率となりますのでご注意ください。

(3)長期所有上場株式の時限付き軽減税率
所有期間が1年を超える上場株式または店頭株を、H15年1月1日からH17年12月31日までに、証券市場で売却した場合の税率は、前述した20%ではなく、10%(所得税7%、住民税3%)とされます。この軽減税率の特例は3年間の時限立法なのでご注意ください。
なお、この適用を受けるには、所定の計算明細書を添付した確定申告書の提出が必要です。

(4)長期所有株式・100万円の特別控除
H13年10月1日からH17年12月31日までの間に、所有期間が1年を超える長期所有上場株式等を証券市場で売却した場合には、その年分の長期所有上場株式等の譲渡所得金額から、100万円までの金額を控除できます。つまりH17年までは、1年以上持っていた株を売った利益のうち100万円までは無税になるのです。
ただし、この適用を受けるには、所定の計算明細書を添付した確定申告書の提出が要件です。
この適用は、上場株式のほか、店頭株や一定のETFなども含まれます。また、同じ銘柄を数回に分けて取得し、所有期間1年以上のものと1年未満のものが混在する時の所有期間の判定は、取得時期の最も早いものから先に売却したとされます。また、前述した長期所有上場株式の10%の軽減税率との重複適用ができます。
なお、子や妻に株式の譲渡所得がある場合は、この100万円の特別控除後の所得が38万円を超えていれば、父や夫の扶養家族や控除対象配偶者になれなくなります。

(5)長期所有特定株式・元本1000万円までの無税制度
H13年11月30日からH14年12月31日までの間に購入した長期所有上場特定株式等を、H17年1月1日からH19年12月31日までの3年間に、証券市場で売却した場合には、利益の多寡にかかわらず、その株式の取得価額の合計額が1000万円に達するまでは、その譲渡益が非課税になります。つまり、今年(H14年)中に買った株式をH17年からH19年までに売った利益については、たとえいくらの利益が出ようとも、取得価額が1000万円までの分の売却については、無税になるのです。なお、取得価額には購入手数料は含まれません。
この適用を受けるためには、「特定上場株式等非課税適用選択申告書」(確定申告書とは異なります)を、譲渡の翌年3月15日までに税務署に出さなければなりません。
この適用は、上場株式のほか、上場転換社債、上場ワラント債、店頭株、店頭転換社債、一定のETFなども含まれます。
なお、取得価額1000万円までであれば、複数の銘柄の譲渡でもかまわず、売却回数にも制限はありませんが、各年ごとに1000万円ではなく、3年間合計で1000万円が限度になります。たとえば、H17年に取得価額700万円分の適用を受ければ、H18年は300万円の枠しか残らず、H18年にその300万円分を使い切れば、H19年にはもはや適用がありません。したがってこの特例は、できるだけ値上がり率の大きいものから選んで適用を受けたほうが有利になります。またこの規定は、前述した100万円特別控除や10%軽減税率との重複適用もできます。
この特典は、うまく利用すると大きな節税も可能です。ただし、H14年末までに取得した株式でなければ適用されないのが欠点。この大不況下、まだ株式を新規に買うだけの余力のある投資家がどれほどいるとお考えでしょうか。

(6)株式譲渡損失の繰越控除
株式等を譲渡したことにより売却損が生じた場合には、まずその年の他の株式の売却益から控除(相殺)します。売却損は、まず公開株式等の譲渡所得から控除し、控除しきれない時は次に長期所有上場特定株式等の譲渡所得から、その次には長期所有上場株式等から、さらにその次には上場株式等から、そして最後に一般株式等の譲渡所得から、という順番で控除します。なお、株式投資でいくら損をしても、株式等の譲渡以外の所得、たとえば給与所得や事業所得、不動産賃貸所得などとの損益通算はできません。
H14年までは、控除しきれない売却損の残りはその年で切り捨てられ、翌年に繰り越すことはできませんでした。
しかし、H15年1月1日以降に上場株式等を譲渡したことにより売却損が生じた場合で、売却損のほうが大きくその年の株式売却益から控除(相殺)しきれない残額については、翌年以降最大で3年間繰り越すことができ、3年間の株式の譲渡所得から繰越控除することとなりました。
この適用は、証券市場における譲渡のほか、単位未満株の発行会社への買い取り請求などにも適用されます。繰越控除の順位は、まず一般株式等の譲渡所得から控除し、次に上場株式等から、そして最後に長期所有上場株式等の譲渡所得から控除します。
また、この適用を受けるためには確定申告が必要となります。

(7)みなし取得費
H13年9月30日以前に取得した上場株式等を、H15年1月1日からH22年12月31日までの間に譲渡した場合における、譲渡した株式等の取得価額(譲渡原価)は、納税者の選択により、H13年10月1日の終値の80%を取得単価とみなして計算することができることとなりました。このみなし取得費には、購入手数料は含めません。また、実際の取得費がわかっている場合にもこのみなし取得費は選択適用できます。すなわち、実際額よりもH13年10月1日終値の80%の方が高ければ、その高いみなし取得費を用いて申告したほうが有利です。
このみなし取得費の規定は、前述した100万円特別控除、10%の軽減税率、譲渡損失の繰越控除と重複適用ができます。またこのみなし取得費の特例は、H15年からH22年までの時限立法なのでご注意ください。昔から長期所有していて取得価額のわからない上場株式等は、H22年までにいったんは売却しておいた方がいいかも知れません。そして売却の翌日買い戻しておけば、それ以降の取得価額は明白になります。

(8)申告不要制度
H15年1月1日以降、証券会社にて一定の要件を満たす「特定口座」を開設し、この特定口座で取得し管理された上場株式等を、その特定口座で売却した場合、確定申告が不要になる制度が新設されます。納税者は、選択により申告を選ぶことも、また申告不要の特定口座による取引を選ぶこともできます。
この特定口座を利用した場合、証券会社は売却益の15%の所得税を売却代金から天引き徴収して納付し、確定申告は不要になります。所得税のほかに5%の住民税もかかりますが、これについても申告不要で、証券会社が市町村に提出する年間取引報告書により賦課課税されることになりそうです。
また、特定口座の譲渡で売却損が生じた場合には、翌月に繰り越して翌月の特定口座の売却益との相殺は認められそうですが、年をまたいでの繰越控除が認められるかどうかはまだ不明です。認められない可能性もあります。
確定申告の煩雑さと手間を嫌う顧客のために、証券業界の働きかけで創設された制度ですが、この特定口座の取引については、前述した100万円特別控除や元本1000万円までの無税制度、10%の軽減税率の特典が受けられませんので、納税者に不利になることがあります。
なお、この特定口座以外の譲渡益がある場合には、確定申告が必要なことはいうまでもありません。

(9)最後に
以上のように、これからの株式投資における税金は複雑多岐で、知識の有無やちょっとした判断により、税負担が大幅に変動することがあります。相場の研究と同時に、税法の知識と研究も不可欠なものとなります。
こんな税法をつくるくらいならば、株式の譲渡所得は総合課税とし、給与や事業など他の種類の所得と合算して課税してほしいものです。総合課税ならば所得金額に応じて所得税が10%から最高37%、住民税は5%から13%かかりますが、累進課税なので応能負担の原則にかないます。また、株式の売却損が生じた場合でも、給与や事業、不動産賃貸などの黒字と相殺できます。これならば公平な課税であり、誰も文句はいえないでしょう。黒字がでたら課税します、赤字が出ても他の黒字の所得との相殺は認めません、という現行の証券税制はあまりに片手落ちです。法人の場合には、株式の譲渡損は本業の利益と相殺できますので、個人もそうすべきでしょう。
また、今回の証券税制改訂の副作用として、仮名口座による取引が増えるような気もします。特に近年普及しつつある株式のインタ−ネット取引においては、仮名口座の開設も難しくはありません。
最後にひとつアドバイスを。サラリ−マン(給与所得者)の方ならば、前述した特典とは別に、株式の譲渡による利益が年間20万円以内ならば、無税になる場合があります。つまり、サラリ−マンで年末調整をしたため確定申告不要の方は、給与所得以外の所得が年20万円以内ならば、確定申告義務がないからです。ただし、医療費控除その他の理由により確定申告をする場合は、20万円以内の給与以外の所得もあわせて申告しなければなりませんのでお間違いなく。

バックナンバー
001)年末調整あれこれ
002)同一生計親族への支払い
003)タダより高いものはない!?
004)確定申告最終チェック
005)所得税申告書の提出でドジを踏んだ場合
006)税理士をタダで利用する方法
007)税理士のいない会社のための、税務調査対応法1
008)税理士のいない会社のための、税務調査対応法2
009)税理士のいない会社のための、税務調査対応法3
010)税理士のいない会社のための、税務調査対応法4
011)税理士のいない会社のための、税務調査対応法5
012)確定申告のチェックポイント
013)2001(H13)年度税法改定のあらまし
014)税理士法改正の裏側
015)従業員の福利厚生費1
016)従業員の福利厚生費2
017)小額訴訟のすすめ
018)天下り年収2億の怪
019)株式投資における新税制
020)ストックオプション裁判の判決
021)2003(H15)年税法改定案の読み方1
022)2003(H15)年税法改定案の読み方2
023)資本金1円会社の損と得