税理士のいない会社のための、税務調査対応法3
※文章は2000年8月〜2001年3月の法律を元に記述されています
(5)調査当日の準備と心構え
@調査の部屋の準備
税務調査の当日には、税務署員(調査官といいます)が来る前に、調査を受ける部屋(応接室、会議室など)に、前回列挙した帳簿類や証憑類、銀行通帳類、関係書類、その他税務署員が提示を要求してきそうなものを、段ボ−ルに入れて持ち運んでおきます。調査がはじまって調査官に提示を要求されてから、のこのこと棚や物置、机や金庫の中を開けて取り出すことはしないで済むように、事前に用意をしておくのです。当日机や金庫を開けて探したりすると、その探している場に税務署員が勝手に付いてきて、机や金庫の中のほかの物まで見たがる恐れがあるためです。
社長の自宅と会社が同じ家屋にあるような零細企業では、調査を受ける部屋をわざと畳の和室に設定する会社もあります。和室では足がしびれて苦痛という調査官もいるだろう、そうなれば調査の勘も鈍るだろうし、うまくいけばしびれに耐え切れず早々と切り上げて帰るかもしれない、という姑息な考えです。あるいは、調査官の頭が冴えないように、冬ならばわざと暖房を強めにするとか、夏ならば冷房を弱めにする、コ−ヒ−は眠気覚ましになるので出さず、紅茶かジュ−スで、という会社もあるようです。さすがに睡眠薬入りのジュ−スを出すスパイ映画もどきの会社はありませんが。
これらの方法は子供だましのような気もしますし、効果のほどはわかりません。しかし、和室に長期間とどまることが拷問に近いことは、私も日ごろから感じています。
また、調査を受ける部屋には灰皿を置かず、壁には「禁煙」と書いたプラスチックプレ−ト(ホ−ムセンタ−で売っています)を貼る、という会社もあります。調査官が愛煙家ならば、禁煙ではイラついて調査どころではあるまい、という読みです。しかし、愛煙家であってもニコチン中毒でなければ、一日位の禁煙には耐えられるでしょう。ただし、会社側にタバコの臭いの嫌いな人がいれば、同じ部屋でタバコを吸われてはこちらが落ち着きませんので、良策かと思います。
また、録音用の小型カセットを用意して、いつでも録音できるように隠しておく方法もあります。万一、調査官に高圧的な言動や公僕としてあるまじき態度があった場合には、カセットを取り出して録音を開始できるようにしておくのです。権力をかさにきた発言があった場合、録音カセットを回し始めると向こうはたじろぎます。ただし、調査官が紳士的にふるまっている場合には、決してカセットを見せたり、録音を開始したりしないことです。調査官は録音されることをなぜか極端に嫌がり、録音されていると知ると中止を求め、聞き入れられないと調査を中止して帰ってしまうことが多いのです。こちらから招待したわけではないので勝手に帰るのは向こうの自由ですが、「調査を忌避した」と逆に言いがかりをつけられては不愉快です。また、法人税の調査では、ほとんどの調査官は紳士的かつ礼儀をわきまえていますので、さしたる理由もなく録音するのは嫌がらせになってしまいますし、はじめからけんか腰で臨むべきではないでしょう。ただし相続税の調査では、非常識な調査官が少なくありませんので録音も有効です。
調査の予告があった場合に、調査官が何人で来るのか聞いておき、会社側は相手側と同等以上の人数で応対するようにします。そして調査官とのやりとりや調査の経緯を記録するために、書記係りを一人臨席させて、調査の内容を筆記しておきましょう。調査官が一人であれば、会社側は相手の質問に答えられる立場にある人(社長や経理部長など)が一人か二人、それと書記係り一人で応対します。会社の経理をすべて経理部長や経理担当役員にまかせてあり、日常の帳簿に社長がまったくタッチしていない会社ならば、社長は最初の30分か1時間だけいて挨拶を交し、あとは経理部長等にまかせて席をはずしてもかまわないでしょう。
A 昼食について
調査官に昼食を出す必要があるかどうかについては、会社の判断にまかせます、としかいえません。税務署員はその職員教育で、税務調査で訪問した納税者から昼食をご馳走になってはいけない、と教育を受けています。納税者から出されて手を付けていいのは、お茶やコ−ヒ−・ジュ−ス類だけです。もしも訪問先の会社の近くに外食できるような場所がなく、やむなく訪問先で出された昼食を食べる時は、必ず代金を払うこと、と職員教育のマニュアルに書いてあるのです。しかし、これはあくまで表向きのこと。実際には、多くの調査官は調査の訪問先で昼食を出されたら、拒否せずに食べます。ただ、会社が「出前をとりましょうか?」と事前に尋ねたりすれば、さすがに「いえ、外に食べにいくから結構です。」と答えるでしょう。調査官の方から食事を要求することはありません。しかし最近は、いくら勧めても食事に手を付けず、外に食べに行く調査官が増えました。
私の関与先で税務調査がある時には、会社に対して、無駄になるかも知れないが一応はあまり高くない出前を出してみたら、とアドバイスしています。頭の固い調査官であったり、あるいは調査で税金がたくさん取れそうだと思っている会社では、決して昼食を食べません。もしも昼食を食べた後で増差がたくさん出そうだと分かった時は、「食事代です」と言って千円札を置いていきます。つまり、調査官の性格や腹積もりをさぐることができるので、無駄になる可能性は覚悟で、そばや天丼などの出前を出してみることにしています。なお、昼食を出したかどうかで調査に手加減を加えることは絶対にありません。
(6)調査の開始
@ 身分証明書の確認
調査官は、会社に着くとまず最初に身分証明書を見せて名乗りますので、身分証明書を見ながらその氏名や役職などをきちんと書き写します。会社側も氏名役職を名乗ればよく、先に名刺を渡す必要はありません。会社側が先に名刺を渡しても、調査官は名刺をよこさないことが多いからです。ただし、調査官が先に名刺を出したならば、当然のマナ−としてこちらも名刺を渡しましょう。
なお、税務署の職制では、身分証明書の肩書きに「大蔵事務官」とあればペ−ペ−のヒラです。「大蔵事務次官」ならば大臣の次ぐらいに偉いのですが、「次官」と付くか付かないかで月とすっぽんほどの違いがあります。「国税調査官」とあれば一定の経験年数を踏んだ主任クラスです。「上席国税調査官」とあればかなりの経験がある一般企業の課長補佐クラスでしょう。「統括国税調査官」とあれば一般企業の課長クラスで、数人から多いときは十数人の部下を指揮しています。「特別国税調査官」も、ランク付けするならば課長とおおむね同格です。通常の税務調査ならば「国税調査官」か「上席国税調査官」が来ます。身分証明書の肩書きも見落とさないように。
調査には関係がありませんが、2001年に大蔵省は財務省と名称変更するそうです。そうなると、「大蔵事務官」も「財務事務官」に名称変更するのでしょうか。
A 調査対象の確認
次に会社側は、いつの年度のどの税目を調査するのかを聞きます。「何の税金についての調査なのですか?」「
調査の対象となる年度はいつですか?」というように質問し、争点と調査をその範囲内に限定させるのです。
この質問に、調査官が「平成10年3月期から12年3月期までの法人税と消費税の調査です。」と答えたならば、調査の途中で社長個人の預金通帳の提示を求められても、「法人税の調査ですから、法人の取引と無関係の個人の通帳は、プライバシ−保護の観点から見せる必要はありません。」と抗弁できる訳です。「会社の売上が個人通帳に入金されているかも知れませんから。」などと言われたら、逆にその具体的根拠と年月日を問いただせばいいわけです。ただ、会社側に相当弁の立つ人がいなければこのように渡り合うことは難しいので、やめた方がいいでしょう。
B 調査理由の開示
会社側は、「うちの会社に調査に来た理由は何ですか?」と調査を行う理由の開示を求める方法もあります。もっとも、そこで本当の理由をしゃべる間抜けな調査官はいません。「所得の確認です」とか「長い間調査に来ていませんでしたので」などとお茶を濁すのが普通ですし、「統括官に行けと言われましたので」とおどけてみせる人もいます。
もしも会社側に論争が大の得意で、かつ弁護士並みの法律知識がある人がいれば、次のように論争を挑むことも可能です。「法人税法第153条の質問検査権は、『必要があるとき』のみ行使できるとある。この必要性とは、個別的かつ合理的必要性が求められ、過少申告を疑うに足る客観的理由が必要である。『所得の確認』とか『しばらく来ていないから』は、『必要であるとき』にあたらない。したがって、調査理由がない場合は調査に応じる必要はない。」「質問検査権の行使にあたっては、たとえ税務官庁内部において調査の『合理的必要性』が存在するとしても、それが客観的に是認されるための要件として、その国民への告知と、告知に対する国民の弁明、反論の機会が与えられねばならない。したがって調査理由の開示要求は、国民の正当な権利の行使にすぎない。」「質問検査権の行使は、罰則により担保された間接強制力を有しており、国民の権利、営業、信用等に甚大なる影響を与える危険があるものであるから、行政手続の適法な適用を担保するためにも、調査理由の開示は適法な質問検査権の行使について必要不可欠の要件である。」「昭和49年6月の第72国会衆議院本会議で、税務行政の改善について、『税務調査にあたり事前に納税者に通知するとともに、調査は理由を開示すること』と満場一致で決議されている。」「昭和46年1月27日の千葉地裁の判決では、『税の徴収確保と被調査者の私的利益の保護との調和するところで、質問検査権の限界を考察すると、被調査者は当該税務職員に対し調査の合理的必要性の開示を要求でき、右要求がいれられないかぎり、適法に質問検査権を拒むことができる』と判示しているし、昭和44年6月25日の東京地裁判決、昭和47年2月9日の静岡地裁判決、昭和49年8月21日の盛岡地裁判決でも、調査理由の不開示は調査拒否の正当な理由となるとする判例がある。」というような調子で論陣を張ります。こうして納得のいく調査理由の説明を求め、調査官に揺さぶりをかけるわけです。
調査官は手ごわい相手だと思うと、強引な調査やおかしな主張をしなくなります。しかしながら、逆に調査官にやり込められては恥をかくだけですので、論争に慣れていない社長ならば、「なぜうちの会社が調査の対象に選ばれたのですか?」とやんわりと質問する程度にとどめておいたほうが無難です。
なお、昭和48年7月10日の最高裁小法廷判決は、税務調査の「実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的具体的な告知のごときも、質問検査を行う上の法律上一律の要件とされているものではない」と、税務当局に有利な判示をしており、判例の大勢も残念ながらこの最高裁と同様です。
C 雑談にも警戒を
調査の進め方は調査官により多少の違いはありますが、通常ならば、最初は雑談から始まります。まれには雑談なしで、いきなり調査を始める人もいないわけではありません。
一見すると調査とはまったく関係のないような世間話であっても、決して油断してはなりません。調査官は茶飲み話をしに会社に来たのではありません。税金を取りに来たのです。いきなり調査に入っては社長も身構えて言葉を選んで答えるでしょうから、まずは関係のない話をして社長の気持ちをほぐし、あるいは調査官を話のわかる人だと売り込み、警戒心を解かせて、いわば社長の口に潤滑油を塗っているのです。
また、何気ない質問の中にも、調査の伏線となる探りが入っていることもありますし、会社の状況や社長の考え方、人柄を知ることもできます。ベテラン調査官ならば、世間話のなかから調査の突破口をつかんだり、脱税の有無の勘も働かせることができるでしょう。
D 調査の答弁の心構え
調査の本題に入ったあとでの答弁も、細心の注意を怠ってはいけません。緊張して舞い上がり、後の結果もわからず軽率な発言をする社長は大勢います。うかつな一言が何十万、何百万という税金となって跳ね返ってきます。決して冷静さを失わず、ひとことひとこと言葉を吟味しながら、落ち着いて答えることです。
税務調査にあたっての会社側の心構えの鉄則は、決してしゃべりすぎないことです。相手は調査のプロであり、こちらは調査の対応については素人であることを忘れてはいけません。調査官の質問に対しては、イエス、ノ−だけを答えるくらいのスタンスで臨むのがもっとも理想的です。もちろん実際にはイエス、ノ−のせりふだけでは用が足りませんが……。一番いけないことは、調子に乗って、聞かれてもいないことをべらべらしゃべりだすことです。調査官はそこから調査のヒントをつかんだり、何かやましいことがあるかどうかの心証を得たりするのです。調査官の心証を良くしようとしてしゃべりすぎると、自ら墓穴を掘ると肝に銘じてください。聞かれたことだけをイエス、ノ−で答えるだけの姿勢がベストであることを忘れないことです。
また、わからないことや、調べなければ答えられないような質問をされた場合には、絶対に当てずっぽうや勘に頼って答えてはいけません。調査官の質問に対して、すべて即答する必要はありません。わからないことは「わかりません」と答えればいいのですし、調べなければ答えられないことは「調べなければわかりませんので、後日お電話にて返答いたします」と答えればいいのです。無理に即答しようとして、間違った答弁をしないことです。
E 「代表者に対するお尋ね」の書き方
調査官は、調査の冒頭に、社長に対して、「代表者に関するお尋ね」という用紙を出して、記入を求めてきます。ここには、社長の住所氏名、生年月日、経歴や経験年数、過去の職歴、当社以外の関連会社の有無と、関連会社がある場合はその所在地および社名と関係、当社の給与以外の収入、家族の氏名や職業と生年月日、社長の個人資産の内容、社長個人の預貯金の銀行名と支店名、加入団体の名称と役職などを記入するようになっています。あわせて、これをその場で書かせることにより、社長の筆跡も知ろうとしているのです。
この「代表者に対するお尋ね」は、個人のプライバシ−に立ち入っているものですから、必ずしもすべての項目にもれなく記入する義務はありません。社長にとって、プライバシ−の保護に差しさわりのない範囲で、調査官に開示してもいいことだけを書けばいいのです。ただし、記入漏れはあってもかまいませんが、虚偽は書かないことです。
私の関与先の税務調査では、事前の打ち合わせの段階で社長に聞いて下書きを作り、事務所の事務員に清書させたものを用意しておき、それを提出するようにしています。
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