2003(H15)年税法改定案の読み方2
※文章は2003年1月〜2月の法律を元に記述されています
今年(2003年)の税法改定の政府・与党案が、この2月に国会に提出されました。まだ国会を通過したわけではありませんが、与党各党の根回しは済んでいるため、おそらく3月の国会では、この原案通り可決通過するものと予想されます。今回は前回の続きとして、そのH15年税法改定政府・与党案のあらましと、その意図するところについて述べることとします。
なお、この原稿は2003年2月18日現在で書いていますが、原稿の作成とメ−リングリストの配信とは1箇月近い時間の差があるため、配信される頃には、すでにこの法案は国会を通過成立しているかも知れません。
(1)消費税の免税点の引き下げ
今年の税法改定案が通過成立すれば、法人と個人事業とを問わず、中小零細業者に最も大きな打撃を与えるのが、この消費税の改定でしょう。その内容は、次のようなものです。
まず第一に、消費税の免税点が、3千万円から1千万円に下がります。
今までは、2年前(基準期間といいます)の売上高(土地の売却や住宅の貸付けなどの消費税のかからない売上を除いた金額で、課税売上高といいます)が3千万円以下であれば、原則として消費税の課税業者にならず、したがって納税義務がありませんでした。(原則として、というのは例外もあるという意味で、例えば資本金1千万円以上の法人であれば、新規に法人を設立した後2年間は、基準期間がないにもかかわらず消費税の課税業者になりますし、また、輸出業者とか、大きな設備投資を予定している事業者は、基準期間の課税売上が3千万円以下であっても、自ら届出書を出して課税業者になることを選択し、消費税の還付を受けることができました。)消費税の課税業者になるか否かは、年間売上3千万円がボ−ダ−ラインですから、法人であれば過半の会社が課税業者になってしまいますが、個人事業者はかなりの者が免税業者でいられたのです。
しかし、今回の改定で免税点が年間売上1千万円以下に変更されると、法人個人を問わず、事業を営むほとんどの者が課税業者になってしまいます。免税業者でいられるのは、創業後間もない業者以外は、小遣い稼ぎの副業として細々と営業している人や、夫婦だけのごく小さな事業者、住宅用賃貸マンションの大家ぐらいのものでしょう。
政府は、一般消費者が払った消費税が、国に入らず業者の懐に残るのはけしからん、といいます。しかし、これには大きな欺瞞があります。ほとんどの事業者にとって、自分が販売する商品や提供するサ−ビスの価格は、買い手である相手方事業者との交渉によって決まります。そしてこの価格は、基本的には売り手と買い手の力関係と需給関係で決まります。消費税という法律があるからといって、取引の相手方が無条件に価格に5%の上乗せをして払ってくれるとは限らないし、代金に5%の消費税を加算することに国は力を貸してはくれないのです。ライバル会社に勝ち抜いて売り込むためには、消費税分以上の値引きを呑まなければならないこともありますし、こちらが下請け業者であれば、元請けから単価を徹底的に切り下げられ、消費税は当然のごとく負けさせられることも珍しくありません。消費税分の5%とは、その収受を国が保証してくれない以上、売り手が自力で獲得する代金の一部にすぎません。大半の中小零細業者は、自力で売った代金の5%を国に削り取られているにすぎません。ス−パ−のように、レジで自動的に5%の加算ができる業者は少ないのです。
また、免税業者であっても、仕入れや販管費などの諸経費には消費税相当分が上乗せされており、消費税の納税が免除されているのは、実質的には、売上と経費の差額部分にすぎないことも留意すべきです。
今回の改正案にある、免税点1千万円以下への変更は、多くの中小零細業者の息の根を止めつつある平成大不況と相乗効果を発揮し、中小零細業者に大打撃を与えるでしょう。H9年の消費税の3%から5%へのアップをほうふつとさせます。H9年の消費税5%へのアップがなければ、この戦後最悪の平成大不況は、とっくに回復へと向かっていたでしょう。税率アップの前に、景気は確かに回復の息吹が見えていたのですから。消費税5%と引き換えに、景気は底なし沼に落ち込み、ダウは誰も予想できなかった8千円台に転落し、街にはリストラや倒産による失業者が溢れました。消費税は、本来ならば消費者から業者の手に入る代金を国に吸い上げられるシステムで、経済に与える影響は深刻です。
消費税は、徴税側から見れば実にすばらしい税金です。景況により税収が左右されにくく、羊が鳴かぬように毛をむしり取れる、究極の税金だと思います。しかし、これほど中小零細業者や一般消費者を苦しめる税は、他にありません。本来税金とは、所得があったり、高額な資産を取得したり保有したり、嗜好品を購入した時に払うものであり、担税力のあるところから徴収し、最低生活費には課税せず、所得に応じた累進課税が原則であり公平です。しかし消費税は、担税力とは関係なく徴収し、低所得者ほど所得に占める実質税率が高い逆累進性を持つのですから。
税理士業界のごくごく一部には、消費税の免税点引き下げを歓迎する人もいます。消費税の課税業者となれば、税理士に申告を依頼してくる、と思っているのでしょうか。なんとあさましき人よ。もちろん大部分の税理士は違いますよ。
なお、この消費税免税点1千万円への改定は、法案が通れば、H16年4月以後に開始する課税期間から適用されます。ということは、3月31日決算法人ならば、H16年4月1日より適用されますが、2月末日決算法人ならば、適用はH17年3月1日からと、11か月遅れるのです。したがって、もしも貴社が、現行法では消費税の免税業者になっており申告不要だが、売上が1千万円を超えている場合には、決算期を2月に変更しておけば、消費税の課税業者となる時期を若干遅らせることが可能です。
(2)消費税の簡易課税適用業者の縮小
消費税は、売上にかかる消費税(客から受け取ったとされる消費税)から、仕入や諸経費にかかる消費税(自分が支払ったとされる消費税)を差し引いた額を納税します。但し、2年前(基準期間)の課税売上高が2億円以下の業者には特例があります。簡易課税制度といわれるもので、事前にその届出をすれば、実際の仕入や諸経費と関係なく、その業者の営む業種により、卸売業ならば売上の0.5%、小売業は1%、製造業は1.5%、サ−ビス業は2.5%、飲食店やその他の業種は2%の金額を納税すればよい、という制度です。
この簡易課税制度も、マスコミの一部からは、消費者の収めた消費税の一部が業者の懐に残る、と攻撃されています。H1年の消費税創設当時の制度では、卸売業0.3%、その他の事業0.6%と2段階の税率しかありませんでしたので、そういうケ−スもありました。しかしその後の度重なる税法改定により現行制度になってからは、業者の懐に税が残るケ−スは、あまりなくなりました。それどころか、簡易課税の届出をしていたが、実際に計算すると、簡易課税を選ばず本則課税の方が得だった、簡易課税の届出をして損をした、というケ−スが極めて多くなったのです。そのため、簡易課税の届出を出した税理士が、顧客から損害賠償を請求される事例が頻発し、税理士業界は恐怖におののいています。実際に簡易課税と本則課税のどちらが有利かは、大規模な設備投資の予定がある場合を除き、事前に予測しきれないものです。少なくとも現在では、納税者が損をするケ−スも含めて平均すれば、簡易課税による節税メリットはあまりないでしょう。
しかし、中小業者にとって簡易課税には別のメリットがあります。それは、納税額の計算が煩雑で専門知識の必要な本則課税に対して、納税額の計算が比較的簡単で、申告書の作成が楽なのです。したがって、税理士を雇う余裕のない業者でも、自分で申告し易いというメリットがあります。
今回の税制改定で、簡易課税を選択できる業者が、2年前(基準期間)の課税売上が2億円以下から、5千万円以下に引き下げられます。この改定も、中小業者に煩雑な申告事務を負わせるという意味で、中小業者いじめといえましょう。
この簡易課税の改定も、法案が通れば、H16年4月以後に開始する課税期間から適用されます。
(3)消費税の申告納付制度の変更
消費税の予定納付について、現在では、前期の確定税額が48万円(地方消費税を含めると60万円)を超える場合は、国税分・地方税分とも、6か月目に中間申告・予定納付が必要です。また、前期確定税額が400万円(地方消費税を含めると500万円)を超える場合は、3か月ごとに年3回の中間申告・予定納付をしなければなりません。
今度の税制改定案では、上記に加えて、前期確定税額が4800万円(地方消費税を含めると6000万円)を超える場合には、毎月ごとに年11回の中間申告・予定納税を義務付けられます。
これも、法案が通れば、H16年4月以後開始課税期間から適用されます。
(4)消費税の総額表示の義務付け
現在は、顧客に対する売価の表示は、消費税を本体価格とは別途に徴収する「外税表示」にするか、消費税を売価に含めて表示する「内税表示」にするかは、売り手の自由です。ス−パ−やコンビニでは、ほとんどが外税方式を採用しています。
今度の法案が通れば、業者が不特定多数の者に販売する場合には、消費税額を含めた総額を表示しなければならない、という規定が設けられます。つまり、内税表示にすることが法律で義務付けられることになります。
一般消費者にとって、小売店で買い物をする時には内税の方が代金の計算が楽ですが、今度は一つ一つの商品の代金が内税となりますので、今までの外税価格に5%を加算した金額に1円未満の端数が出れば切り上げて表示される可能性があり、価格が少し上がるかもしれません。
政府・与党はなぜこのように内税表示を義務付けようとするのか、その裏の意図は明白です。政府・与党は、近い将来消費税の税率を上げようと考えています。いずれは10%まで、あるいはそれ以上に持っていく腹です。その時に国民の反発を受け、与党が選挙に負ける事態は避けなければなりません。税率を引き上げた時、消費税の表示が外税ならば、国民は買い物の都度消費税のアップを認識することとなり、選挙の不利は否めません。しかし内税表示ならば、国民は物価が少し上がった程度にしか感ぜず、消費税引き上げに対する反発を和らげることができるだろう、という思惑なのです。小手先だけの、子供だましの細工ですが、国民も馬鹿にされたものです。
政府が消費税の税率を上げるつもりでいることは、政府税制調査会会長に、消費税引き上げ論者として知られた石弘光一橋大学学長を任命していることからも明白です。小泉総理が「私の在任中は消費税率を上げない」と度々表明している言葉が本意ならば、「自民党が与党である限り永久に消費税率は上げない」と言い換えるべきですし、石弘光教授は政府税調会長から解任すべきでしょう。中曽根元総理のように、「大型間接税はやらない」と公約しつつ実は逆のことをやるのが政治家であり、だまされる国民が悪いのかも知れませんが。自民党が与党である今すぐに消費税を廃止するならば、私は自民党の大ファンになるつもりなのですが。
なお、この内税表示義務付けは、不特定多数の一般消費者に販売する時だけ強制されるもので、業者間の取引では、従来通り外税表示も選択できます。法案が通った場合は、H16年4月1日以降の販売から適用されます。
(5)所得税の配偶者特別控除の原則廃止
同族会社のオ−ナ−や個人事業主は、配偶者を、法人ならば会社の役員に、個人ならば青色専従者にして給与を払い、所得を家族名義に分散させ、給与所得控除の額を増やし、また所得税の累進税率の適用も緩和して、合法的に節税を図ることができます。一方、サラリ−マン世帯は、夫一人の所得として高い累進税率がかけられ、また、夫の労働を影で支える妻の内助の功は税法では無視されます。この見解に基づき税制におけるサラリ−マンの救済を唱えた、青木茂教授の主宰するサラリ−マン新党が注目を集めた時代がありました。しかし政治に無関心なサラリ−マンの支持は長続きせず、また、不公平税制の是正以外に見るべき政策もなかったサラリ−マン新党はやがて消えて行きましたが、このサラリ−マン新党の運動の成果として税法を動かし、唯一の成果として残ったのがこの配偶者特別控除でした。
所得のない配偶者(つまり専業主婦)の場合、配偶者控除38万円に加えて、さらに配偶者特別控除38万円を所得から控除できる、というこの制度は、例えば課税所得330万円以上の中堅サラリ−マンならば、所得税と住民税合計で年9万3千円強〜11万円強の減税になります。
しかし一方で、この制度の恩恵を受けない法人経営者や自営業者、さらに共働きの女性からも、女性の社会進出を税制面で妨げる悪法としてやり玉にあげられてきました。
今回の税制改定では、この配偶者特別控除のうち、配偶者控除とダブルで適用される部分が廃止されます。妻がパ−トタイマ−で働いていれば、妻の年収103万円超141万円未満の場合に限り、妻の所得に応じ、夫が3万〜38万円の配偶者特別控除を受けられる部分だけは残りますが、この場合配偶者控除38万円は受けられないため、減税制度としてのメリットはほぼ消滅します。
法案が通れば、H16年分の所得税より実施されます。
サラリ−マンいじめの税制改定ですが、配偶者特別控除を残せという声が、労働組合などのサラリ−マン組織からほとんど上がって来ないのはいかに?
(6)法人事業税の外形標準課税導入
赤字法人の場合、国税である法人税はかかりませんし、法人地方税においても、資本金に応じてかかる均等割(県税と市税合計で最低7万円以上)以外は、法人事業税も県市民税法人税割もかりませんでした。
今回の税制改定では、資本金1億円以上の法人に限り、外形標準課税が導入され、赤字法人でも法人事業税がかかることになります。
法案が通ると、H16年4月1日以後開始事業年度より適用されます。
改定案によると、法人事業税は、従来からある所得割は従来の9.6%(都道府県により割増税率もある)から7.2%に減税となり、そのかわり、支払給与や支払利息、支払地代家賃をベ−スにする付加価値割0.48%と、資本割0.2%が新設されます。
このため、赤字法人でも付加価値割と資本割は納税しなければならず、赤字企業をさらに苦しめますが、逆に黒字法人では、従来よりも減税となる会社もあります。
この外形標準課税の適用会社を資本金1億円以上としたのは、中小企業の反発を避けるためですが、いったん外形標準課税を導入したからは、早晩適用される企業の資本金を引き下げ、中小企業にも広く適用する腹積もりであることは、今まで政府が消費税における中小企業の特典を徐々に縮小していった手口からも明白です。
政府は、赤字法人も各種行政サ−ビスを受けていることが、この外形標準課税導入の理由であるといいます。しかし税金とは、担税力のあるところに課すのが原則であり、所得に応じた応能負担と累進税率こそが実質的公平を意味します。また、赤字法人でも消費税と地方消費税を納めているし、資産があれば固定資産税や自動車税も生じ、社員に給与を払えば源泉税や住民税となり、国や地方自治体に還流しています。
商工会議所や中小企業にとり、この外形標準課税新設を対岸の火事ととらえず、あすはわが身と考え、反対運動の一層の強化が期待されます。
(7)その他の改定点
前記のほか、今回の税制改定法案の主たる中味は、次のようなものがあります。
法人の交際費の損金不算入制度が、一部緩和されます。資本金1億円以下(従前は5千万円以下)の法人は、定額控除400万円が適用され、定額控除の範囲内の損金不算入割合が20%から10%に変更されます。この点では、資本金1億円以下の企業にとり、従前より有利になります。
また、中小企業者がH15年4月からH18年3月までに取得した30万円未満の減価償却資産は、取得時に全額損金算入ができるようになります。これは中小企業にとって朗報です。
この他法人税関係では、同族会社の留保金課税の一部緩和、一定の研究開発費を支出した場合の特別控除、一定のIT関連設備の特別控除・特別償却や研究開発用設備の特別償却の新設・改定などがあります。
個人所得税関係では、証券税制がまたも手直しされ、上場株式の譲渡益に係る税率は、H19年12月までは所得税7%と住民税3%の合計10%となり(期間経過後は20%)、一定の上場株式の配当に係る源泉所得税も、H16年1月よりH20年3月までは所得税7%、住民税3%の合計10%と軽減され(期間経過後は20%)、その他いくつかの改定があります。長期所有上場株式等の100万円特別控除がH14年限りで廃止されることなどを除けば、全体として投資家に有利な改定です。
そのほか、たばこ税の若干のアップ、発泡酒や果実酒などの酒税のアップ、不動産の登録免許税や不動産取得税の税率引き下げなどもあります。
(8)最後に
このH15年税制改定案を見て感じることは、一部納税者に有利な評価できる部分もあるものの、全体として見るならば、「グロ−バルスタンダ−ド」という錦の御旗を掲げつつ、弱者からはより厳しく搾り取り、資産家や高額所得者には甘く有利に、という内容といえましょう。強きを助け弱きをくじく、というH元年以来の税制改定の流れは、またもやその歯車をひとつ回した、の感があります。
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